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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

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彼は足で世界を救う

TOA:放浪癖ルーク


ネタ消化
最近どうにもネタばっかなので。

神託の盾騎士団特務師団長というやたら長い肩書きである元公爵子息ことアッシュは、回復アイテムを買いに行った先でとんでもないものを見た。
赤い髪に緑の目。自らの落ち度のせいで結果的に亡命となってしまった自分の故郷の王族が有する、目立つ特徴である。それが何故か市井の、貴族なんかが間違っても来ないようなすすけた街を闊歩している。
アッシュは慌てた。


(待て待て待て! よく見たらあれはレプリカじゃないか!)


それは確かに、事実上亡命ということになっているアッシュの代わりに公爵家が混乱しないようにという名目で送られた、アッシュから作られたコピーとも言うべき、レプリカであった。つまりは、一応今は彼が公爵子息というわけで。


(なんで公爵子息が一人でほいほい出歩いてるんだ!)


見たところ、彼は一人のようであった。それにアッシュは顔をひきつらせる。
貴族ならば供回りを幾人かつけるのが常套である。主がこんなところでふらふらするのを甘んじる供など文字通り首を飛ばされるので、やはり彼は一人なのだろう。
何故彼は一人で物見遊山に出店を転々としているのか。話に聞くところによると、ファブレ公爵子息は、過去に誘拐され、記憶をなくして帰ってきたので、二度とそのようなことがないようにと屋敷に軟禁され、平素の貴族に輪にかけて自由がないだとか。事実はそうではないが、預言を叶えたいキムラスカに必要で都合の良い体面だ。なのでキムラスカでは大切にされ、外部との接触を絶って余計な知識に触れずに置き、何の苦労も知らず生きていると勝手にアッシュは妬んでいたのだが。
これは一体どういうことだ。アッシュは呆然と、買った林檎を丸ごとかじる、貴族にあるまじき粗野な仕草をする公爵子息を見た。皮つき林檎を扱うその様はなかなかに手慣れている。店の好々爺とかわす会話も、ここから耳に入れることはできないが、相手を萎縮させることも不快にさせることもなく、ひたすら穏やかなようだ。
だからこそアッシュはわからない。屋敷で連綿と続く退屈と安全とこれ以上ない贅沢に囲まれてつつがなく過ごすにしては、奴はやけに世間慣れしすぎているからである。気がつけば別の店で品を値切り始めたのだから、これは相当だ。
アッシュは混乱した。


(なんであいつがこんなところにいる! いや、それより早くどこかに隠れ、)


彼と顔を合わすことはならないと拐した相手にされた厳命を律儀に守ろうとするアッシュ。しかし世界はどこかつれなくできているものである。


「あ、そこの趣味悪い黒の服着た赤毛のお兄さん!」


誰が趣味悪いだ! これは俺の趣味じゃない!
危うく怒鳴るところだったアッシュは、彼にしては滅多なことでは発揮されない忍耐を総動員して、悪意なき言葉につい切れそうになる堪忍袋の緒を延命させた。ただしそれは怒鳴ることを堪えただけであって、その顔はそこら一帯をしめているごろつきもとって返して逃げ出すほどに恐ろしい。周りの人間がアッシュの般若面に恐れ慄くを知ってか知らずか、声をかけてきた当人は一向に気にした様子ではない。


「…何だ」
「ここら辺で一番強い魔物がいる場所って知ってる?」
「…………」


アッシュは顔をしかめた。
このあたりで特に強いと言ったら、イニスタ湿原のベヒモスがその筆頭であるが、わざわざ相手取りたくはないというほどの手強さを誇る。そんな魔物に、一介の貴族が何をしに行くのだろう。守られて当たり前の人間が舐めてかかれば、命の危険だってあるのに。


「聞くが何しに行くつもりだ」
「え、ぶっ倒しに」


即答だった。答えるのに一秒もかかっていない。考えもしていないに違いない。しかし相手は自分が如何に常識外れな言葉を言ったか、到底わかっていないように見える。
アッシュは目眩を感じた。
公爵子息でおまけに将来は国王と噂される人間が、何故自分から危険に首を突っ込むのだ。まともな教育はどうしたキムラスカ。…ああ、近い未来に死ぬ運命にあるから、無駄だと思っているのか。ならちゃんと逃げ出さないようにしっかり閉じ込めておけ!


「何故わざわざそんなことをする必要がある!」
「んー、今度会いに行く人に自慢したいんだ。強ければ強いほど、倒せば箔がつくって言ってたから、とりあえず強い奴を倒そうと思って」


軟禁されている(はずの)彼に会える外部の人間なんて、たかだか知れている。更に彼を公爵子息と知った上でそんな馬鹿なことをそそのかす人間をおいそれと屋敷に招くほど、キムラスカもファブレも甘くない。
…ん?


「会いに行く?」
「おう。マルクトにいんだけどさ、仕事が忙しいらしくてあんま会えないんだ」
「…………」


敵国のマルクトにまで行くのかこいつは!
しかし、それなら自分が敵国の公爵子息だと名乗りはしないだろう。友か好敵手か、ずいぶんアグレッシブな背比べをしているようだが。


「誰だ、そんな非常識なことを言う奴は」
「フランク」
「だから誰だ」
「知らね? 金髪で、髪が肩くらいまであって、耳のあたりに青っぽい石の髪飾りつけてんの。向こうじゃ有名らしいけど」


残念ながらアッシュは人名そのものを言われて該当する人物を思い浮かべる器用な真似はできないが、述べられた特徴に思い当たる人間が一人だけいた。しかし、いくら何でもそれはない。大体、その人物はフランクという名前ではないはずだ。心の平穏のため、ちらりと顔を出した可能性を切り刻んで燃やす。


「ここら辺が駄目ならロニール雪山に行こうかな。危険だからって幽閉された奴がいるらしいんだよ」
「……お前、家に帰らなくていいのか?」


暗に、ファブレの人間が迂濶に外出するなと言ったのだが、しかし相手は拗ねたように唇を尖らせた。


「あそこは嫌いだ。ナタリアはしょっちゅう約束ってうるさいし、ガイはなんか鼻息荒いし、ヴァン師匠は髭だし」


何やら自分の知る幼馴染みとずいぶんかけはなれているようだが、不思議と妬みや羨む気持ちは生まれない。というか、髭という理由で嫌煙されているヴァンに、些かの不憫さを覚えないでもない。今度からは屑と言うのを自重しようか。


「ガイが言ってたんだけど、俺って世間知らずなんだって。ムカついたから、世界を旅してみようと思って、体鍛えて、ちょこちょこバチカルの外に出るようになったんだ。脱け出すついでにいつも、ガイ叩きのめして」


涙ぐましい向上心と希望溢れる青年の清々しい持論だったが、後半が何かおかしかった。
そこには敢えて触れず、アッシュは笑う相手を見る。
腰に佩かれた刀は使い込まれたようで、柄は既に擦りきれている。旅慣れした軽装なので赤毛と碧眼さえなかったら、さながら家業を怠けて各地を放浪する、良いトコの次男坊だ。こうなるまで、どれほどの回数、家を飛び出しただろう。
アッシュに、そうするほどの行動力はない。良くも悪くも、アッシュはキムラスカを支えるに相応しい人間となるべくして育てられたのだから。


「…来い」
「へ?」
「その刀は傷んで使い勝手が悪いだろう。武器の選び方を教えてやる」
「マジかっ? できれば瞬殺じゃなくてじわじわ効くのがいいなあ」
「どんなひねくれた戦い方しやがるんだテメェは!」
「えへー」
「笑うな気色悪い!」
「兄さんみたいだな、アンタ」


その言葉に、アッシュの眉間に更に皺が増えるが、相手はへらりと笑って言った。


「名前、まだだったよな。俺はルーシス」


ルークでなくて?


「俺、なんかファブレ公爵子息のレプリカらしいんだ。空飛ぶ椅子に乗せてくれた眼鏡のおっさんが、そう教えてくれた」


何やってんだディスト!
同僚に対する疑問は、遠く離れた空の下には届かない。

 

 

 

世界が彼に救われた後にアッシュは疲れた表情で語った。思えば元々規格外なレプリカを作ったヴァンが、この絶え間ない疲労の原因ではないか、と。
その横では、今日もどこかしらへ旅立とうと荷物を備える赤毛の青年がいた。

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