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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

こどもの子

TOA:逆行したらイレギュラーがいた


ネタ消化
不完全燃焼っぽい終わり方。
PMに厳しめと思われ。

その子供は不思議な子供だった。
誘拐され、ファブレ家に戻ったルークの傍に、いつの間にかいたという。当時はルークと瓜二つで、どちらがルークかわからず、メイドや使用人はどうしたらいいかと戸惑ったそうだ。帰ってきたルークはまるで赤子のように言葉も身体も不自由であったために、もう一人の、子供らしく騒がしい、やはり誘拐される前の勤勉なルークとは違うあの子供の方をルークと見る者が多かったが、しかし子供はルークを『ルーク』と呼び、そして、自らを『名無し』と言った。正確には『名前を必要としない』らしいが、それでは呼ぶのに困るので名をつけようかとなった件で、子供はルークに名付けて欲しいと駄々をこねた。言葉を話せるようになったルークは何故か子供を異形か何かを見る目で困惑げに『ルカ』と名前を与えた(それがルークレプリカの略だとは当然気づく者などいなかった)。
子供は不思議な子供だった。
ルークが誘拐されてから幾年か経た頃、相変わらずルークから離れようとしない子供のそれに気づいたのは、世話役だったガイであった。
体が成長期を迎え、健やかに背を伸ばすルークとは別に、子供の身長は低かった。順調に子供から少年へ、少年から青年へと変化してゆくのに従って、その異常さは顕著になっていった。
子供は子供のままだった。それも、ガイの見立てでは、ファブレ家に来たときから変わっていないらしい。
子供は不思議な子供だった。
子供はおかしな子供だった。
子供は、
子供は、
子供は────

 

 

 

ルークはルカに微笑んだ。自分の子供の頃と同じ姿のまま成長せずに、ずっと自分の傍にい続けた子供は、傷だらけの体をして泣きそうな顔で涙を堪えている。
『前』にはいなかった存在でどこかで未来に影響を及ぼしているのかと警戒していたが、なんてことない、普通の子供だった。例え永遠に時を刻まない体だとしても、ルークへの悪意が周囲に増え始めた中で唯一ルークに笑いかけてくれた、かけがえのない、愛しき子供。


「ルカ」
「る、ルーク…、何だよあれ! 何でみんな…っ!」
「うん。みんな行っちゃったな…」
「そうじゃねぇ! 何でみんな、ルークほっとくんだよ! 超振動起こすのって体に無理させんだろ! ルーク、体ぼろぼろなのに…っ」


体がぼろぼろなのはルカも同じであった。
アクゼリュスに来るまで、戦闘に加わらなかったはずのルカの体は、前衛にいたルークやガイよりも生傷が多く、回復があまり効かないために、既に重体の域である。そして今もまた、何をするでもなく胸のあたりから血が滲み出していた。
その理由を、今更ながらルークは理解する。


「ごめんな、俺の勝手でお前を遺しちまう」
「ご主人様…」
「ルークは悪くねぇ! 悪いのはルークじゃねぇ!」
「ごめん、でももう俺はころしたくない」
「ご主人様!」


ルカは泣いていた。ルークのことを悪くないと、先程甲板の上でルークを冷たい目でなじった周囲の人間に臆さず言い放ったのと同じく、力強く否定の言葉をくれながら。それがどれほどルークの心を助けたことか。『前』にその言葉をもらえたなら、これほど荒廃した気持ちにならずに済んだかもしれない。
それでもルークは、もう我慢がならなかった。もう敬愛する師を殺したくないし、もう罪のないレプリカたちを殺したくなかったのだ。
ルークは微笑んだ。一緒にいてくれたこの小さな相棒たちに感謝した。


「ありがとう」


金色の粒子がルークを包む。徐々にルークの存在を溶かして、空へ連れてゆく。懸命にそれへ手を伸ばすミュウと、何か終えた決意に耐えるように悔しげなルカを最後に、ルークは空気の中へ消えていった。


「……ルーク、待ってろ。終わったらすぐ行くから…」


みゅうみゅうと泣き喚くミュウを腕に、ルカは、子供は唇を噛み締めた。

 

 

 

タルタロスがユリアシティに着岸し、部屋から出てきたまだ憤りの冷めないアニスやティアたちは、甲板にいるのが子供とチーグルの仔だけと気づいて首を捻った。彼らの怒りの対象の姿がないのである。
チーグルを抱えて座り込む子供の足元には、血が溜っていた。ルークとお揃いの白い服は、血でほとんどを染めている。ティアが慌てて駆け寄った。


「ルカ! 一体どうしたの、こんなひどい怪我をして…」
「……………」
「っていうかぁ、ルークはどうしたの?」
「さぁ…タルタロスは着岸していますし、さっさと一人で行ってしまったのではないでしょうか」
「最悪じゃないですかソレぇ! 勝手にどっか行かないでよね」
「ルークは罪を償うべきですわ! 一人で行動してアクゼリュスの二の舞いになったらどうしますの!」
「やれやれ、相変わらず団体行動が嫌いなんだなぁ」


彼らのその言葉に、ルカの胸に顔を押し付けていたチーグルの頬に一筋の涙がゆっくり伝ったのを知るのは、直にそれを感じたルカ一人だけだった。
ルカは治癒に励むティアの手を振り払ってタラップを降りる。服の中で血が泳いでいる。


「ルカ、まだ回復してないわ! 無理に動いちゃ駄目よ!」
「ああいうところはルークとそっくりですね」
「嫌ですわ大佐、ルカは子供ではありませんの。ルークはもう17歳ですのよ」
「えー、じゃああいつの精神年齢ってルカと同じぃ?」
「まあそんな風に思ったのも少なくはないな。二人ともけっこう喧嘩もしたし」


口さがない言葉の数々にルカの腕が断裂して落ちかける。腕が落ちなかったのは、ひとえにミュウと一緒に持っていたからだ。
ルカはまっすぐユリアシティに向かった。初めて訪れたはずなのにその足取りはそれを感じさせず、後ろからついてゆくティアたちは首を傾げるばかりだった。
その途中で、黒い法衣を纏った赤毛の男が立ち塞がるように現れた。


「…あの屑はどうした」


ルークの姿がないと知るや、何やら立腹だった様子が幾分落ち着きを取り戻し、抑えた声音でジェイドに問う。


「さあ。私たちがタルタロスから降りたときはもういませんでしたからね。先に行ってしまったのか、まだ鑑内にいるのか…」
「その子がタルタロスを降りたから、先に行ったのかと思ってたの。ルカはいつもルークの傍を離れなかったから…」
「ルカ?」


アッシュが目線を下ろすと、小さな子供がいた。ルークと顔立ちがよく似ていることに驚くが、それよりも、その子供が立ちながらにして死人の様相を呈していることの方がアッシュの目を引いた。胸に抱くチーグルの毛並までもが赤い。


「お前…っ!」
「見つけた。ローレライの完全同位体」


落ち窪んだ目で、静かに子供は言う。
持ちきれなくなったのか、右腕がほとんと落ちた。それを見たナタリアが口元を覆い、イオンが息を呑む。


「てめぇら、こいつに手当てしなかったのかっ?」
「したわ! …けど、治らないの。どんなに回復させようとしても、駄目だったのよ。譜術も、普通の手当ても」
「治るわけねぇじゃん」


隻腕の子供は、腕を失ったというのに然程ショックを受けたようにも見えず、しかしどこか悄然としてアッシュから目をそらした。


「…だって、ルークはもう死んじまったし」
「え、」
「さっき! タルタロスで! 死んだんだよルークは! もう殺したくないって言って! …う」


喀血してふらつき、尻餅をつく子供。それに真っ先に駆け寄ったのはガイだった。


「死んだってどういうことだ! ルークが死んだって…!」
「うるさい! お前にルークを悼む資格なんかねぇ! 見捨てたくせに! 仇の人間だって殺そうとしたくせに!」


鼻の頭まで吐いた血で赤く濡らし、子供は殺気立った目でガイを睨む。それはまさに過去の自分と重なるようで、ガイは閉口した。


「…屑が死んだというのは、本当か」
「そうだ。これで瘴気の中和をやる人間がいなくなった」
「何ですって?」


ジェイドの言葉を無視して、子供は分厚い日記を取り出すと、アッシュに押し付けた。


「……何の真似だ」
「これから起こることが、そこに書いてある。他人の日記を読む趣味はねぇなんて今更言わねぇよな? だってルークはお前のレプリカなんだから、お前に隷属すんのが当然なんだよな?」
「レプリカ、……本当に、ルークが…?」


青白い顔で震えるイオンと苦々しい顔のジェイドを一瞥し、子供はアッシュを挑むような目で見上げた。
子供は体のどこからも血が吹き出し、長い髪の先は雫が滴り落ちる。それでもまるでルークの代わりとばかりにミュウを放そうとしない。


「ルークは知ってたよ。自分がレプリカだってことも、お前が本物のルークだってことも」
「な、に…」
「ローレライが、ルークにこの時間を繰り返させた。ルークが生まれてから死ぬまでの七年とちょっとの時間を、繰り返させた。だから全部知ってる」
「じゃあアクゼリュスは!」
「悪いのはルークだけじゃないだろ!!」


血を吐き散らしながら、子供はアニスの言及を遮った。


「何言ってんの! 知ってたのに黙ってたんだから、アクゼリュスの人たちを見殺しにしたってことでしょ!?」
「じゃあお前はどうなんだアニス! お前だって、モースにタルタロスの進路をチクっただろ! 六神将の襲撃を手引きしといて、自分を棚に上げて、よくルークのことを悪く言えるな!」
「だ、だって…」
「ちょっと待ってルカ! アニスはまだ子供で…」
「じゃあルークだって子供だ! ルークは作られてまだ十年も経ってないんだぞ!」


悔しげに、子供は涙を流した。顔についた血と混ざり、尾を引いて顎を伝う。子供の泣き顔にまごついた、ティアやナタリアにきつい目をくれた。


「何を言ったってもう遅い。ルークは死んだ。俺も死ぬ」
「何であなたまで…!」
「ルークがいなくなったら俺は、生きていけない。俺の傷はルークの心の傷だから」


また、首から血が吹き出る。深い傷を残し、血は子供の髪を更に赤らめた。血を吸った重い髪はアッシュの髪さながら紅潮した。
つまり、死んでしまえるほどの傷を、彼らはルークに強いたということで。
口から湯水のように血を垂らし続ける子供はアッシュを見て嗤った。


「良かったな、ルーク・フォン・ファブレ。お前の待ち望んだ居場所だ。今後その場所を守れるかは、お前の頑張り次第だぜ」


暗い笑顔の子供を見て、アッシュは手に持った古びた日記を握り締める。


「お前らも…一度、思い知ればいいんだ。望まない二回目、望まない人殺しの罪科………、ルーク、ルーク、ルーク…」


体が腐り落ちていく。身も世もなく泣き伏す子供は怨嗟の呪咀と、ルークの名前を繰り返しながら倒れた。片腕のない体はミュウを抱きながらでは起こすこともできず、球のようにころんと転がるだけで、子供は息も絶え絶え虚を見ている。
しばらく日記の表紙をルークにするように睨めつけていたアッシュは、静かに訊いた。


「お前は、誰だ」


子供は得たり顔で言う。


「俺は、一度目に殺されたルークの心だ」


そして子供は初めからいなかったように、その血も遺さず透けていった。

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