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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

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左心房で君を呼ぶ

DRRR:シズイザ


がっつりエロではないですが事後話なんで下品注意。


 薄闇に差し込む弱々しい朝日に珍しく誘われ、俺は薄目を開けた。
 遮光性に優れたカーテンの隙間から差す青白い光と、遠くから聞こえてくるのは、早朝に出されるゴミを狙って寄ってくるカラスの鳴き声。雀ではないのが、いかにも都心らしい。
 そろそろと視線を下ろすと、やはり目に入ってきたのは、傷んだ金髪と日頃よりは険しさがマシな寝顔だった。それをうんざりと見て、また今日も俺は思う。


 まだいるの。
 終わったらさっさと帰ってよね。いつも思うけどさあ。


 図々しくも俺の広くないベッドの半分を占有するこの男、名前は平和島静雄という。知る人ぞ知る、池袋最強と悪名名高い喧嘩人形だ。ただ仕事で入り用になり、池袋に訪ねる俺を見つけるたび、大音声と共に、コンビニのゴミ箱やら敷設された標識やらボルトでしっかり固定されたはずの自動販売機を投げて寄越す、人離れした膂力と沸点の低さに定評のある化け物である。かく言う俺も彼を見かけては舌先三寸でこれ以上にないくらい腐し、鱗を逆立てるどころか抜く勢いで怒らせているのだが、それは彼が身の程も弁えずに人の中に紛れて、さも己も人であると言わんばかりに暮らしているのが腹立たしいという正当な理由によるものである。おかげで彼と俺は、セットで(セットでなくとも)忌避されるべき危険人物としてあちこちから戦々恐々と目をつけられている。まったく、いい迷惑だ。
 昨夜こいつからされた仕打ちを思い出して沸々と腹の底から苛立ちが沸き起こり、いい加減さっさと死にやがれと睨みつけてから体を起こす。背中がめきめきと軋み、股関節が外れかけているような気持ち悪さと開きっぱなしの尻の穴に忌々しさを感じ、更にそこからじわりと何かが染み出る感覚が来れば、さすがに鬱ぎ込みたくもなった。ちくしょう、中に出しやがったな。
 戯れにこいつと獣のような性交をするようになったのはいつからだろう。覚えている限りでは、高校時代にいつも通りの殺し合いの最中、俺がこいつに 「どうせシズちゃんって女の子に相手してもらえないんだろ。童貞でその上、剥けてないんじゃないの?」 とからかったのがきっかけだった気がする。お互いにそれまでの喧嘩で気が高ぶっていたし、こいつも売り言葉に買い言葉、渡りに船といった勢いでいきなり首に噛みついて押し倒してきたものだから、後はもうなし崩しだった。
 初めてだったからか、それとも相手が容赦のいらない俺だったからか、それはもう、ひどい有り様であった。勝手がわからない相手にがっつんがっつん突っ込まれた俺は泣き喚いて暴れて挙げ句気絶して、新羅に介抱される羽目になった。暴れるたびに殴られたから、俺の体の負担は普通の倍以上だ。なのにこいつはいくら俺が殴ってもナイフで切りつけも一日経てば怪我なんてこれっぽっちも残らないんだから、割に合わないったらない。これって強姦だよねと新羅に笑って言ったら、新羅は特に顔をしかめるでもなく 「でも煽ったのは君だろう、どうせ」 。さすが、わかっていらっしゃる。返ってきた反応は予想外すぎたけれど。
 その上、最悪なことに、どうもこいつは俺に操立てしたらしい。そう言えば多少は聞こえが良いが、要するに、手ひどく抱いても男で日頃から憎しと思っている俺ならば、良心は傷まないなんて足し算引き算の結果である。ふざけんな。死ね。百回死ね。そんな俺の悪態なんかには耳も貸さず、以来こいつは、俺が殺し合いの喧嘩で逃げ切れないときは必ずと言って良いほど人気のない場所まで引っ張って、無理やり致すようになってしまったのである。もちろん俺は毎度こいつにとって微塵にも満たない抵抗をする。殴られる。新羅に具合を診られる。すっかり俺の専用救急箱となった新羅は、最早苦笑いすら通り越して言っていた。


「毎回律儀に体を痛めつけられるまで抵抗する君も、大概マゾだよね。少しは流されて自分も気持ち良くなったら?」


 俺はこう返したと思う。


「冗談きっついよ新羅」


 別に、男に抱かれたくないわけじゃないのだ。当時の俺は今よりもずっと微々たるネットワークしか持てず、得られる情報のためなら体を対価に差し出していた時期もあったから、世の中には自分だけが気持ち良ければいいという性癖を持つ人間がいることも知っていた。そういうのも承知で、全部ひっくるめて俺は人間が好きなんだ。
 けれども、平和島静雄は違う。こいつは人間になりたくてもなれない哀れましい化け物で、自分の力を悲観しているくせに本能を抑制できない矛盾の塊なのだ。獣の成りをして人間らしい懊悩を抱える様は、見ていて気味が悪い。気味の悪い獣が人間の性欲を持て余して人間の性器を俺に突っ込むなんて怖気が走る。
 これは、一種の拒絶反応だと俺は考える。
 だというのにそれから幾年経った今はどうだ。結局街中で引っ捕らえられて、ずるずると家(しかも俺の!)に上がられて、体をぐちゃぐちゃにされて、至る所に噛み傷を残されている。惰性にしてもひどい体たらくだ。もっとひどいのは、変わったしまった俺の感性だ!
 新羅が言った通り、確かに俺はマゾの才能があるのだろう。というよりも、人間ってのは柔軟で精神が脆弱だから、耐え難い環境に適応するために少しでも楽になりたくて、快楽を多く得ようとする。相手も場数踏んで大体の事情を掴んで、俺が暴れるより気持ちよくて泣いている方が楽にコトが進むと学習したのに違いない。要は、俺の体がぐちゃぐちゃなのは、こいつの排泄物だけのためじゃないってことだ。
 体を見下ろした俺は、自分の性器が昨夜めちゃくちゃにしごかれて力なく萎んでいるのへ、絶望した。なんだかんだ言ってしっかり良い目を見ている自分に言い様のない虚脱感と憤りが胸の内を席巻する。
 はっきり言って気持ちよかった。睾丸の精子がからっぽになっても飽きたらず射精して気絶するくらいには、気持ちよかった。
 この絶倫野郎、俺で筆下ろしして、俺以外にセックスする相手がいない似非ヘテロの分際で、テクニックだけは着実に覚えやがる。俺は君のペニスキャップじゃないんだよシズちゃん。そんなばこばこやられたらそのうち俺の括約筋がぶちきれちゃうよ。ちくしょう、死にたい。大体何で俺なんだよ。男の扱いに慣れるのは別に名誉なことじゃないのに、そもそも何で俺はこんな扱いに、ああ風呂入らなきゃ、中綺麗にしなきゃ、動かなきゃ、ううう腹の中で何かが泳いでる感触が、ちくしょう気持ち悪いなあこいつ早く死なないかなあ!


「う、あっ…」
「ぶつぶつうるせえ」


 文句と共に、シズちゃんが力任せに俺の首をひっ掴んでベッドに引き戻した。日頃の経験の賜物か、めちゃくちゃな喧嘩をするわりに彼の指はがっちり俺の頸動脈を押さえている。血管が押さえられるどころか、頸椎が折れそうな力に一瞬意識が吹っ飛んだが、尻の穴が弛む感触に、慌てて彼の手の甲に爪を立てた。まるでなめした皮のように手応えは薄いが、夢にまだ半分身が浸かっている彼の覚醒に少し手を貸したらしい。


「……放してくれないかな」
「…ああ」


 こいつは、いつも目が覚めた途端に苦々しい顔つきをする。目の前で俺が億劫そうに睨んでいるのを見て、物言いたげにする。いつもだったら必ずつっかかってくるのに、こんなときばかりは気遣わしげ、或いは後悔しているように目を泳がせるので、俺の苛立ちは加速した。
 緩んだ手を少し強めに振り払い、俺は立ち上がった。午前六時半。俺も別段早起きな方ではないけれど、こんなに節々が軋んでちゃ、のうのうと寝坊していられない。今日の仕事は楽な立ち回りだといいなと、さっさとベッドの下でくたびれている汚い下着を穿いた。どうせ洗濯する汚れ物なのだからこれ以上汚れたって構わない。脱ぎ散らかっている服を抱えて風呂場に向かう途中に目を向ければ、彼はようやくベッドから体を起こして煙草に火をつけるところだった。灰を落としてシーツを焦がしたら万死だが、正直情事の汚れがついたシーツなぞ二度と使いたくない気分なので、好きにすればいいと今まで注意はしてこなかった。俺が風呂に入っている間にとっとと帰って欲しいのだが、図々しくもすっかり寛ぎ始めた彼の様子を見るだに、それも望み薄だろう。
 シャワーのコックを捻り、床にしゃがんで尻に指を突っ込みながら考える。なぜあいつはコトが済んだらさっさと帰らないんだろうか。俺は女の子じゃないから、隣に人肌がないと寂しいだとか、朝方の微睡みを共にしたいとか、そういうのは求めない。二十歳を過ぎてからはそんなやんちゃも必要がなくなったので控えたが、今までが今までだったし、ビジネスと割り切っている部分が多いのだと思う。抱かれて、たまに抱いて、見合った情報をもらってコネクションを広げ、はいさようなら。肉欲を満たしたくば、それで十分じゃないか。それなのにあいつの体力なら半時休めば家に帰れるだろうに、いつまでもだらだらだらだらと俺の家に居座って、朝飯の催促までしてゆく。俺があいつに軽食を出して仕事にかかると、いつの間にか皿を流し台に突っ込んで帰っていくのだから、図々しいにも程があるというものだ。
 ……いいや、本当は薄々あいつの魂胆なんか理解できている。あいつは、今になって俺に憎悪の感情以外を持ち始めているのだ。多分その自覚もあるのだろう。だから俺の妥協する範囲ぎりぎりまで、共にいようとしている。どうして憎いはずの俺に傾倒していると彼自身が納得できたのか、その前の崩し難い葛藤へどう踏ん切りつけたのかなど、俺が汲み取ってやる義理はこれっぽっちもないが、最後に俺へ線引きの采配を明け渡すというのなら、ある程度この胸糞悪い後味の溜飲が下がるというもの。俺が始末を終えて適当なものをあいつに出して仕事部屋に引っ込めば、あいつはそれ以上この家に留まることはない。速やかにお帰り願おう。
 凝り固まった腰を伸ばして一風呂浴びて、下着も簡単に洗って洗濯機に放り込む。
 大丈夫、俺は絆されはしないし、これ以上あいつにもさせない。
 固い決意を改めて、俺は彼がいるであろうリビングに踏み出した。
 化け物の君が人並みの愛情を持ち合わせるのなんて、絶対に許さないよ。

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