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- Date:2024年11月23日
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ジャンル無差別乱発
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神羅の軍事部に入って早くも七年が過ぎた。
元々骨っこい上に着痩せし、かつ地が痩せぎすで顔つきもどちらかと言えば女子供に類するクラウドが、むさ苦しい有象無象の中で長年忍耐を試され続けても堪えてこられたのは、ソルジャーになりたいという、故郷を飛び出した一念のみに尽きる。セフィロスのようなソルジャーの頂点に立って英雄と呼ばれる男になりたいと願うだけの輩ならば、そこらにごまんといるが、そこはそれ、執念と呼ぶのだろう。
とにかく入隊年齢の下限ぎりぎりで軍の下っ端に己の身を詰め込んだクラウドは、母恋しい郷愁も捨てて青春時代をつぎ込み、いつしか二十歳を過ぎ成人になり、辛酸を舐め罵倒を浴びせられたかつてを、ついに克服した。昇進と辞令の通知を手渡されたときの現実味のなさと言ったら。もらった給付金を全額とも手紙も添えず母に仕送ったものだから、母が危ない仕事に手を出したんじゃないかと慌てて連絡してきて、ようやくクラウドは念願のソルジャーになれたと実感できたのだった(といっても、1stどころか3rdの下であるランクアウトの身分ではあるが、伍長に甘んじていた一般兵の雀の涙がごとき給金よりも、ずっと割高である)。そして、胸をつまらせつつソルジャーになって初めての任務先で、指揮管理系統をしていたあの英雄と直に会って、クラウドのソルジャーライフは一気に思わぬ方向へ転がっていった。
あの出会いさえなければ、クラウドは未だにセフィロスに憧れを抱き、ソルジャーに夢を見たままでいられたかもしれない。が、それも今更、土台無理な話である。
「クっラウドー!」
出たよ野生児。
自分こそあげつらえない野生育ちを棚に上げ、クラウドはわりと近くで聞こえた声に、諦めて足を止めた。
今までは無視して歩き去ったが、相手もさることながら、学習したらしい。クラウドをたった今見かけたような声を上げたくせに、ちゃっかりクラウドが走って逃げても楽に捕まえられる範囲にいる。だいたいにして、ランクアウトと1stの体力閾値というものは比較にもならない。瞬発力はあれど持久力が悲しいほど皆無のクラウドと、体力も持久力もある相手とでは、比べるだけ徒労である。
振り返ると、一筋の前髪を垂らした黒髪の男がにこにこ立っている。クラウドがソルジャーになる前からの付き合いで本来なら邪険にする人物ではないのだが、どうしてだろうか、ソルジャーになってからやたらと構うようになったこの男、ザックスという。クラウドと同じく名を聞くも稀、知名度は底辺の僻地が出身で、それに関してシンパシーを感じて馬があったのが始まりだった。浮いた話はしょっちゅうで一部だらしないが、元来世話焼きで付き合いも良い性質なのだろう、人付き合いの才能が常時品切れのクラウドと、驚くほど長く続いている仲である。一途になれば誠実なんだろうなと武勇伝を聞かされるたびに呆れていたが、クラウドがソルジャーになるのと前後して、とんでもないうるさ型と判明した。兵卒から抜けられなかったクラウドの愚痴を聞いていた時分の名残か、ソルジャーになってからも老婆心の忠告のつもりでとかく口うるさい。年下の弟分という贔屓目がいつになってもなくならないのがもどかしく、最近は辟易していた。それとは別に、もうひとつ。
「セフィロスが、茶、だってさ」
人好きする笑みのザックスを、このときばかりは殴りたくてたまらない。
初めてセフィロスと会ったときの任務で、セフィロスにひっそり飲んでいたニブルヘイムの煮出し式茶を横取りされた挙げ句の果てに色が濃いわりにはまるで白湯のような味だなと失礼な感想をもらったこの時点では、まだ、セフィロスすげーと思っていた。しかし、良く言えば素朴、悪く言えば貧相な癖のある茶をどこかしら気に入ったらしく、クラウドが母から送ってもらった茶を悉く私物化したセフィロスは、気まぐれに仕事をほっぽりだしてクラウドに茶を淹れさせる。もちろんクラウドの都合は斟酌されない。
茶の相伴に与ったセフィロスの同僚であるアンジールの申し訳なさそうな顔と、一口飲んで笑い飛ばした後、どんな考えに及んだのか、神妙な顔をしてクラウドの体つきを見たジェネシスを思い出すと、のた打ち回りたくなる。ザックスもザックスで、理不尽な足代わりにされることに何の不満もないらしく、嫌な顔ひとつしないで 「おぅい、クラウドー」 やってられない。
仕事自体はそれほど嫌にならないけれど、個々各々の上司が嫌だ。パワーハラスメントの嵐だ。
クラウドは今、セフィロスへの憧れひとつでソルジャーになったことを、壮絶に後悔している。子供ながらに口にして良い職ではなかったし、だいたい幼なじみを守るならミッドガルに出てきてはならなかったのだ。ニブルヘイムにいたままでだって、限度こそ違えども、女の子一人を守れるくらいの腕っ節にはなっただろう。…たぶん。
「クラウドー」
「なんだ」
「何だよ、つれねぇな。昔はお前も素直に 『セフィロスさんってすごいよな!』 とか言ってたくせに、いつの間にかこんなにやさぐれちまって」
「世間を知ったんだよ。夢語りで食っていけるほど、世の中甘くない」
「うっわ、かわいくねぇ」
どうとでも言うがいい。
クラウドは鼻を鳴らして、持っていた荷物をザックスに押しつけた。
「こっちの青いファイルは人事部に、このチップは統括に提出してくれ。この書類は宝条だってさ。あれ、ことある事に俺を呼びつけようとするから、いい加減管轄が違うって言っといてよ」
「なんで俺なんだよ」
「俺はわがまま英雄の茶を淹れに行かなきゃいけないんだぞ。代わりにあんたが行け」
「えー、俺もクラウドの茶、飲みたいー」
「懐くな!」
セフィロスに提出する決済書類だけのファイルでザックスの頭を叩くが、いまいち打撃としての効果は薄い。手を振って彼を追い払ってから、クラウドは下腹部をさすった。
最近のメディカルチェックで、特に胃腸の荒れ具合がひどいと言われたクラウドである。
デスクに肘を置きながら、セフィロスはふむ、と唸った。デスクに並んでいるのは、ソルジャーの診断カルテと最近出払っていたモンスター討伐隊の報告書、それに決済書類である。一枚一枚を矯めつ眇めつし、最後の一枚を不機嫌顔で床に放った。それを拾ってアンジールは苦笑いを零す。
「いくら気に入らないからといって、丸裸の書類をそのまま捨てるな」
「やかましい。しつこく同じ書類を回してくる宝条が悪い」
「気持ちはわからんでもないがな」
残りの書類を丁重に機密文書分類に分けたセフィロスに、今し方部屋に入ってきたジェネシスが言う。
「下で子犬とチョコボがじゃれていたぞ」
「セフィロス…お前また彼に茶を淹れさせるために仕事をのけたのか」
「ふん、あれが任務でランクアウトに分不相応な実力を出して以来、隙あらばすぐ研究所に引きずり込もうとする危険物がいるというのに、首輪もなしに放し飼いになどするものか」
「相変わらず、過保護なことだ」
しまおうとしていたセフィロスの手から書類を奪い去り、ジェネシスは小綺麗な顔に皮肉げな微笑みを浮かべながら、器用に片眉を上げた。
「ほう、体力は一般人よりある程度のわりに、魔晄親和率がずば抜けて高いな。確か前の任務先には魔晄炉があったはずだが」
「報告では、一時的に、2ndを凌ぐ魔力に跳ね上がったらしい。魔晄照射も少ないランクアウトの所業とは思えんと、それ以前からの報告は消されたようだ」
「それで、宝条からランクを上げる打診か…」
「その気はないのだろう?」
ため息混じりのアンジールを尻目に、セフィロスはジェネシスから書類を奪い返して頷く。
「当然だ。外部の魔晄と簡単に馴染んでしまう人間など、今以上の照射処理を施されればあっという間に廃人だろう。宝条にみすみす被験者をくれてやるなど、以ての外だ」
「それに」 一息入れて、セフィロスは続ける。
「あれの淹れた茶は存外に美味い」
ジェネシスが思わず失笑するのを見てしまったアンジールは気の毒さに手の甲で額を軽くこすった。
渦中にいるのに全容を知らないあれが、今日もソルジャーを何とかして辞めようと奮闘していることは、アンジールだけが知っている。