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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

召しませ暴君

jojo:DIO←承

 

すれ違って全く幸せじゃない二人。
ぐろ注意。ほんとに注意。


死んでやりたい。
承太郎は日に幾度も願う。恨み辛みを込めて。
死んでやりたい。あの男の前で、灰になってやりたい。
そう、延々と。

 


旅路を共にした者たちは、友人も祖父もみな死んでしまった。承太郎は全員の死体をあらためることも叶わなかったが、多分、そういうことなのだろう。承太郎があの男に捕らわれて果たして何日経ったか知らないが、もし五十日の上限を過ぎていたのなら、意識不明の身になり入院していた母も、死んでしまっているのかもしれない。ただでさえ旅の連れ(それも学友を含めて)が非業の死を迎えたというのに母まで失うのは、やるせない以前の問題だ。震えるような怒りや憎しみも身を切られるような悲しみもない交ぜのまま、承太郎の周りは親しい人間が完全に絶えてしまったのだ。
いっそ殺せと血を吐いて叫んだ承太郎を、けれど男は手酷く犯し、冷たい石の部屋に閉じ込めた。抵抗する承太郎の足の指を切り、歩けなくした上でという徹底ぶりに、今や承太郎は呆れている。
切られた足から溢れる血を愉悦に舐める男を殺してやりたかったし、犯されたときは目の前が真っ赤になって狂った、かと思った。だが、幾度となく承太郎が絶望しつつも男を射殺さんばかりに睨みつけると、男は満足げに承太郎へ微笑んだものだ。それは、陰惨で生臭い悪臭が漂う部屋には途方もなくお門違いに無邪気な微笑みだった。散々承太郎を口で体で貶めた人非人とは思えないほどに。
飽きればいらないおもちゃを捨てるように、さっさと殺されると承太郎は踏んでいた。現に男は承太郎を何度か趣向を変えて犯しなぶり、戯れに鋭い指先で承太郎の首を刺して血を啜っていたが、次第につまらなさそうに顔をしかめ始めた。承太郎の陽物は始終萎え、受け入れることに小慣れた尻は、しかしさすがにストックホルム症候群になりもせずに痛みばかりで、さっさと直腸に鬱憤を吐き出されるのを待つだけなのだ。女を買った方がさぞや気が楽だろう。不格好になってしまった足を投げ出して殴る蹴るの意気地もなくなった承太郎に何を思ったかなど知りたくもないが、男は地団駄のついでに承太郎のあばらを数本踏み抜き、顔が潰れるまでなぶり殴って以来、顔を見せなくなっていった。
承太郎は清々した。誰が好き好んで男になんぞ犯されなければならないのだ。尻は痛い、服は既に破られあってなきに等しい。一枚だけ、慈悲か何かのつもりで寄越されたシーツ以外に何もない部屋の隅にまで這って、承太郎はゆっくり餓死して死ぬまでにあの男が再びこの部屋に来ないことを願いながら体を小さく丸めたのだった。

 


何度目に訪れたか知れない絶望が承太郎を蝕んでいたのに気づいたのは、それからしばらくしてのことだった。
窓のない部屋で、日の経過を教えてくれるものはない。それまで承太郎はすっかり指の失せた両足を山折りにして、意識の沈降と顔の傷による鈍痛を繰り返しつつ、化膿した尻の穴からじわじわ死んだ精子が漏れ出る感覚を味わっていた。いい加減尻から出る忌々しいあれこれがなくなって、承太郎はようやく気づいた。
顔が滑らかになっている。傷の痛みもほとんどない。喧嘩に明け暮れていた学生生活の経験から、腫れた顔面に視界が遮られるほど殴られたら、いくら腫れが引いても痛みはとても長く残る。これほど早く治ることは多分、ない。
嫌な想像に顔を歪ませながら、承太郎は腕に伸び過ぎてところどころ欠けた爪を立てて思いきり腕を引いた。かきむしった腕は歪な線を残し、やがてゆっくり血の玉を作った。それをさっさと拭うと、傷はもうない。
鏡があれば目の色も確かめられるだろうが、それをしてしまうと、承太郎は今すぐに自分の脳漿をぶちまけて死にたくなるような気がした。
母と祖父から譲り受けた色を、一体何の権利があって他人に塗りつぶされなければならないのだ。屈辱で目蓋をかきむしる承太郎の気持ちを察してか否か、厳重に閉じられていた部屋の戸が開いた。


「ふん、そろそろだと思っていたが、気分はどうだ、承太郎?」
「…戻せ」
「以前の緑色も抉り出してやりたくなるほど美しかったが、その色もなかなかどうして、堂に入っているではないか」
「ふざけんな戻しやがれっ、この下種野郎!」


承太郎の目は、目の前にいる男と同じく赤色に変わってしまったのだろう。涼しげですました顔で承太郎を見つめる、残忍で美しい吸血鬼の男と同じく、人間をやめた体になってしまったのだろう。
我も忘れて男に掴みかかった承太郎を男はにやりと浅ましく嗤い、承太郎の頭をひっ掴むと、激しく石の床に打ち据えた。後頭部の頭蓋が割れる感触と、何かが漏れ出る感触に承太郎は鼻血と胃液を吹き出し、苦鳴を叫び悶絶する。男は再び承太郎の頭を打ち据え、がら空きだった裸の腹を爪先で鋭く小突く。あっという間に追加の胃液でせっかく完治した承太郎の顔は汚れた。
男は優雅にシーツを承太郎に投げ遣り、言った。


「やれやれ、しばらく構ってやらなかっただけでずいぶんな拗ねっぷりじゃあないか?」
「て、めぇ…」
「最近の貴様ときたら、このわたしが可愛がってやってるというのに、あまりにつまらなかったからな。わたしの血はお気に召したかな?」


くそったれの味だったぜ。
そう皮肉を返してやりたかったのに、この男ほど治癒力に優れていないらしい承太郎は、潰されかけた脳みその震盪にろくな口も利けず、また胃液を吐く。ぐらぐら揺れる視線に男は大変満足したようだ。


「愛玩動物は可愛らしく媚びてみせるから愛されることを、学習することだ。仮にもジョースター家の血筋だ、貴様も頭の出来は悪くあるまい?」


承太郎は不快感に顔をしかめた。
この男が承太郎を目にかける理由は、承太郎がジョースター家の流れを汲んでいることの一点に尽きる。承太郎の祖先であり、元はこの男と友人だった、ジョナサン・ジョースター。自分の体を焼いたジョナサンの体を首ひとつで乗っ取っただけじゃ飽きたらず、男はジョースター家の人間にまで手を及ぼした。長く首と馴染まなかった体を定着させるために承太郎の祖父の血を欲し、承太郎の母を昏睡させる原因となり、今は承太郎をペットのように扱って、歪んだ執着を満たしている。類を見ない端麗な容貌や均整の取れた肉体と相俟って、その執着は人間味がますます失われてゆくばかりのように思える。
あの忌々しいジョナサンは、お前に比べてジョナサンは、ジョナサンは、ジョナサンは、ジョナサン、ジョナサン、ジョナサン…


「まあいい。今日のわたしは機嫌が良いのだから、少々噛みつかれそうになったからとていちいち折檻なぞしない。今日のこの日に感謝することだ」


男はにこにこと機嫌が良さそうだった。今にも鼻歌でも歌いだしそうなほど。
いつになく、かつてなく上機嫌な男を、承太郎は初めて見る。しかしそれが承太郎にとって歓待できるものなのかは果てしなく疑わしい。男の喜ぶことは、たいていが承太郎の心身に傷を増やすことなのだから。
男はきらきらと真紅の目を輝かせて両手を広げる。黄色のジャケットと綺羅綺羅しい黄金色の髪を目一杯翻し、告げた。


「わたしに、息子が見つかったのだ」


見る見るうちに承太郎の鼻に皺が寄っていった。男はそんな承太郎に気づかず、にこやかにしている。
男の性事情など、承太郎にとってどうでもいいことだった。男の自分に手を出し、あまつさえ重ねて犯し続けているこの男のこと、自分の欲求に過剰なほど素直に子種をばらまいていたのだろう。相手の女が生きていられただけのことだ。
問題は、その子供。男は引き取ることしか考えていないが、恐らくろくな教育を施さない。男の腰巾着もとい部下に押し付けるか、いっそ何も仕込まないでいれば良いが何にせよ、まともな人間になるまい。頭の良いこの男は、そのまともにならない部分を期待して、子供を引き取るのか。
男は、まだ体に力が入らない承太郎を堅い革靴の先で軽く何度も蹴り転がし、にぃやりと笑う。


「まさしくあれは、わたしの息子だ。ジョースター家の証たる星形の痣が見事だった」


男が霞んだ目と悪臭が立つ胃液にまみれた顔をそのままに転がっている承太郎の後ろに回り、長く冷えた指で承太郎の首元にある痣の縁をなぞる。心が犯されている気分の下から嫌悪感を押しのけて湧き上がったのは、紛れもない憤りだった。
結局、この男はジョナサン・ジョースターとの因縁を断ち切る気は毛頭ないのだ。その子供は、いわば彼らが成した子のようなもの、存分に愛されるだろう。


ならば、今までジョースターと関わりを持ちたがっていた男に何もかも奪われ、貶められた承太郎は?


「どうした、嬉しくないのか? 貴様だけだったジョースターの血筋が増えるのだぞ」
「……………………さっさとくたばることを祈るぜ」


くたばるのは男か子供か男の妄執か、はたまた己か。何だっていい、承太郎は目を閉じて思う。あるのは憐れみに似た冷えた悲しみだけだった。
男の激しい圧迫感が広がっても、承太郎は今度こそ怯えなかった。無様な足も、開拓されて蹂躙された体も、予定調和にすら思えて信じられないほどずいぶんと、心安らかでいられる。
男は微笑みを消して、承太郎を見下ろし、何も言わずに承太郎の首に膝頭を落とした。ぎりぎり圧迫される首の骨が軋む音に喘いだ承太郎は、薄目を開ける。男の視線は、その派手な色彩を裏切ってどこまでも冷え切っている。


「愚直なまでのその愚かしさはジョースターの血の成せる業か? 鳴いて強請ればまだ可愛げがあるものを。ジョナサンですらもう少し上手く立ち回ったというのに」
「てめ、が飼い主な…んざ、死んで、も、ごめんだぜ…。す、り寄る相手はっ、俺…が決め、る…」
「ふん、どうやらまた一から躾が必要らしいな」


そうやって男は、悪辣に嗤いながらもうひとつの膝を持ち上げ、承太郎の肩と喉仏を神経もろとも潰した。痛みに息を詰まらせた承太郎は、喉に溜まった汚らしい血反吐を男に向けて吐きかける。
男は楽しげに笑って、承太郎の唇に爪を立てた。

 


四方を囲むこの壁のいずれかを壊して外に出られたなら、真っ昼間に太陽の下へ出て、あの男の前で灰になって死んでやりたい。
今の承太郎は、それが一番の願いだった。

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