忍者ブログ

飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

ベーゼ、ベーゼ、そしてベーゼ

黒子のバスケ:黄瀬+黒子+α(帝光中時代捏造)




*****




title:fjord


初めてバスケ部の見学に行ったとき、黒子のような小柄な体躯の人間が選手として通用していると知って、黄瀬は、全中で優勝し、名を馳せているというバスケ部を侮った。十年に一度の逸材と名高い選手が複数もいると言わしめているのだからどんなものかと思ってみれば、高さでも競り合いでも押し負けそうな、20分も保たない体力の矮躯が、名だたる強豪のレギュラーとしてそこにいるのだ。黄瀬の落胆たるや、モデルのイメージをスポーツに打ち込む爽やかさに定義付けようと画策する事務所の意向がなければ、願い下げもいいところだ。
しかしそんな黄瀬を、こりゃ見込み違いッスかね、とその場で回れ右をしようとしたところで捕まえたのが、いやらしく笑う当時の主将であった。新規入部希望者とはいえ、時期としては明らかに場違いな黄瀬が制服姿で体育館の入り口でまごついているのは、さぞや目立ったことだろう。
ひどく野性的な双眸で黄瀬を見つめる彼は、値踏みするように黄瀬の肩から足先まで(顔はどうでもいいのだろう)を視線を滑らかに滑らせて、これまた別種の笑顔を見せて、言った。


「今からハーフコートでレギュラー同士の3on3ミニゲーム始めんだけどさ、人数が足んねーんだ。お前、入ってみねえ?」
「は?」


そうでなくて。
だからさ、ともう一度同じことを繰り返している主将に黄瀬は首を振った。運悪く近くにいて話を聞いてしまった部員を見ると、黄瀬と似たような顔をして驚いている。こういう事態は特別常套というわけではないらしい。コートの中ではレギュラーと思われるメンバーがやや呆れ気味でいながらに泰然自若としているが、隅の方でハンドリングの練習をしていた下級生や、ゴールリングでシュート練習をしていた部員は蒼白のまま黄瀬を見ている。


「……?」


なぜに自分の方を見られるのだろう。


「主将、ただでさえレギュラーだけのミニゲームなど監督に認められていないのに、そんな中に部外者を混ぜるのは、時間の無駄だと思うのだよ」
「ンだよ緑間ァ、お前いつから監督をおもねるようになったんだよ」
「おもねた覚えは一切合切ないのだよ。大体にして、ミニゲームは原則学年もメンバーも区別なし、だろう」


今は姿の見えない監督は、ずいぶんと仰がれていないようだ。ちょっと可哀想に思った黄瀬は、主将に背中を叩かれ、なし崩しに一歩前に出る。神経質そうに眉を寄せた眼鏡の少年──緑間は、主将と同じく黄瀬を矯めつ眇めつして鼻を鳴らした。


「確かに体格は良いが、オマエ、ルールは知ってるのか?」


首を軽く横に振った黄瀬に、話にならないのだよと緑間は非難気味に主将を瞥視する。全くずぶの素人であるのは認めるが、たいていはそつなくこなせる運動神経に自信があった黄瀬は、とりつく島もないその態度にはさすがに待ったをかけたかった。部活に従事している人間には負けるが、少なくとも、体育教諭に授業でやるレベルを越えてるなと苦笑いをいただいたほどなのだ。簡単にあしらわれる腹積もりも失せた黄瀬は、むきになってミニゲームを了承した(生憎このときのこの上なく意地の悪い笑顔を浮かべた主将を黄瀬は見ることがなかったが、 「早々にトラウマを作りたくなかったのなら、見なくて正解でした」 とは後の黒子の言である)。

 


閑話休題。
軽いルール説明と、何度聞いても経験者にしかわかりそうにないフィーリング満載のコツとやらを伝授してもらい、ウォーミングアップを終えて、つまらなそうにしていた残りの二人を交えてようやくミニゲームが始まる様相だったが、どこの誰がいつ置いていったままにしたか知れない不穏なジャージ姿になった黄瀬は、ふとラインに並んだ人数に首を傾げた。ミニゲームをするには人数が足らないと言っていたが、ボールを抱えた主将の少年と、緑間と、他の二人に黄瀬を加えると奇数になってしまう。何度か首を傾げた後に、主将を窺い見ると、ボールを回していた主将はしばし怪訝そうに見返して、やがて心得たように頷いた。おもむろに脇に腕を上げると瞬きの間に、そこに人間の頭が挟まれていた。


「こいつも入れて六人な」
「いた、痛いです主将」


黄瀬は抱えられるようにして顔が見えないその少年を、まじまじと見つめた。
軽々と腕に収まってしまう、バスケットマンにあるまじき貧相な体は、何より黄瀬が帝光中のバスケ部を侮るきっかけになった、あの小柄な選手である。このミニゲームにレギュラーだけが参加しているのは先の主将の言葉に因るが、俄かに、信じられなくなった。


「え、大丈夫なんスか、つか、レギュラー?」
「まあな」
「シュートがすげぇ入るとか?」
「まっさか。1on1は、部内最弱だもんな、黒子は」
「…いい加減に放してくれませんか」


一縷の否定もなく主将の腕を払いのけ、黒子テツヤですと頭を軽く下げた選手を、改めて見る。
明らかに、どの選手よりも抜きん出て小柄な黒子の背は、黄瀬の胸元までしか届かない。かと言って鍛えているでもないようで、肩や腕や脹ら脛には筋肉が一応ついてはいるものの、細身である。黄瀬は思った、フィジカルですぐに吹っ飛びそうだ。今一度、体格からして劣る選手を含める真意を問おうとして、しかし主将は黄瀬に取り合わずにさっさとチームを振り分けてゲームを始めてしまった。
ボール権はそっちでいいからよー、なんて言って早々にコートに散ってしまった主将を見ながら、どうにでもなれッスと投げ出した黄瀬の横で、ボールを受け取った緑間は不機嫌に顔を歪める。


「ふん…代わりにボールを譲ったとでも」
「あ? なんスか?」
「初心者のオマエが追って行けるとは思えないが、せいぜいランの遅い黒子にでも貼りついているのだよ。貼りつけるものならな」
「ンな…! いちいちムカつくッスね、あんた!」


どうして主将は自分と緑間を同じチームにしたのだろう。どうせなら敵対してしつこいくらいマークをしてやろうと考えていたのに、主将の采配に恨み言をこぼす。
しかして当然ながら、ゲーム中に素人の黄瀬へ回されるボールなどなかなかなく、いくらマークをしようにも所詮は付け焼き刃の技術ではあっという間に外されてしまい、どうにか見様見真似のシュートが僅かに得点に絡んだだけで、コートを右往左往するのみである。
具合が悪いと思ったのは、何度目かに主将からボールをかっさらわれたときだった。大概そういうときは、ボールを抱えたつもりが脇の隙間からにゅっと腕が伸びてボールを押し出されていることが多く、振り向けば、そこには誰もいない。こうも繰り返されると、具合を通り越していっそ気味が悪いというものだ。
もしやマジに幽霊ッスか?本物を拝む機会などついぞなかったというのに、今更になってそんな存在感を出さなくても。
汗が引かず、しかし寒気ばかり感じて顔色を悪くする黄瀬に対して、小馬鹿にするように、緑間。


「だから言ったのだよ、黒子に貼りつけと。だが、目も慣らしていないオマエでは、やはり無理があるか」
「は、あ?」
「正直ここまでオマエがついてくるとは思わなかったが、黒子に何度もボールを取られた理由を、いい加減そろそろ考えるのだよ」
「黒子、に…?」


言い捨てられて、緑間がコートに立ち戻るを呆然と見送り、黄瀬はゆっくり上がっていた呼吸を戻してゆく。幾度も先刻の言葉を反芻しながら黒子の姿を探すと、黄瀬以上に辛そうに肩で息をしている姿が見られた。体力も残り少なそうな、あんなコンディションがたがたの黒子にしてやられたのかと憤慨もするが、それも一瞬。


「…あれっ?」


やたら色素の薄いその頭を、見失った。


「えっ…、あれぇっ?」


ハーフコートと言えどもたったの六人で走り回るには些か広く、遮蔽物の何もないコートでいきなり見失うはずも、ないのに。


「ぼさっとするな!」


届く一喝に慌てて辺りを見回せば、ようやっと目に捉えた黒子にパスが回っていた。幸い、黄瀬の守備範囲である。受け取ったボールをさてドリブルで止めるかパスを出すか、瞬きも惜しんで目を動かし、目線や足捌き、腕の振りを見る。しかし黒子はけっこうなスピードで己の胸に飛んでくるボールに掌を添えるだけで、黄瀬へ──ではなく黄瀬の後ろを走り抜けた選手へボールを流した。バスケットボールは球技の中でも重い部類に入る。だのに、彼がボールに触っていた時間など、瞬く間ひとつにもならない。黄瀬が追いすがる間もなく走ってゆく相手を見ている間に、もう黒子は姿を消していた。


「な……なんなんスか!?」


ボールがリングをくぐり抜けた。
 

PR