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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

トワイライトメロディ

TOA:吸血鬼パロ




*****


それは黄昏色の髪をした子ども。

 

 

 

 

部屋に入ったジェイドは、中の光景に些か驚いて足を止めた。一応はノックをして、その許しを得たのに、見てはならないものを出羽亀してしまったような、後味の悪い気分がじわりと広がる。


「聞いてはおきましょう、何をしているのです?」
「あー、うぅ」


扉の正面から構えるように置かれている豪奢な椅子は、見た目以上に座り心地が良いのを、ジェイドは知っている。過去に、椅子の持ち主と共に並んで座ったことがあるからだ。しかし、今ジェイドの目の前に差し向かって座っている者は、ジェイドの質問に答えてくれないし、答えて欲しくない人物である。ジェイドの質問に答えて欲しい人物は、椅子に座った者を更に椅子にして、取り合ってもらえそうにない。入ってきたジェイドに目を向けているのだから気づいてはいるのだろうが、椅子にした者の首に半ばぶら下がって噛みついたままだった。噛みつかれた方は抵抗もせず、ただ茫洋たる目で天井を見ている。


「……ルーク、そろそろ放してやらないと、それが干からびてしまいますよ。見なさい。物の見事に白眼剥いてるじゃありませんか」
「それは困る!」


呆気なく放された首にため息を吐きつつ、そのまま干物になってしまえば良かったものを、と小さく舌打ち。正確には、なってしまえれば良かったものを、であるが。
ぐでんと力無く頭を後ろに傾ける生物椅子を忌々しげに見やり、ジェイドはようやく部屋に入れた気がした。しばしかすれた声でうなっていた金髪頭が億劫げに体を起こす。


「生きてますか、ガイ」
「ああ、なんとかな。あんたが、調子に乗るなって言ったわけがやっとわかったよ」
「…………」


別に、調子に乗って首を差し出すなという意味合いではなかったのだが、というより、いっそそのまま死んでしまえば良かったのにとか思うのだが、残念ながらジェイドもガイも、たかがちょっと致死量の血を流すだけじゃ死なないのだから、つくづく厄介だ。もちろん、二人の間に挟まっている、口の周りを血だらけにした子どもも。


「死ぬのは駄目だよな、せっかく友達になったのに」


ぺろりぺろりと執拗に口を舐めながら言うルークに、ガイはやや引きつった顔で頷く。それを見てジェイドは、まだ人間気取りでいるのかと見当つけて呆れ果てた。それを言うと、如何なこの温厚な青年もあっという間に機嫌を悪くするから口を慎んでいるだけで、本当はここに居座ることのそれ自体が気に食わない。
まるで死んでいるように眠っていたルークを見つけたのは、ジェイドだった。
円を描いて広がる赤色の長髪は血と見紛うが、火に照らせば照らすほど、トワイライトが移りゆく色そのもの。幼くも無骨な体は男と知れたけれど、安らかな死に顔がごとき寝顔は何より無辜であって。うらぶれた城の地下に眠っていたこの小さな肢体に、思わずジェイドは跪いた。
国から追われ、行く宛もなく姿を潜めながら放浪していた矢先のことである。
それからひと月の後、駄目もとのつもりでジェイド自らの血を与え、飲み尽くされかけるまでは何をしても目覚めなかったルークは、過去故郷でなした業に押し潰されていたジェイドにとって今やかけがえのない存在になっているというのに、恐らく見かけ以上に年を重ねたくせに見かけ通り情緒が未成熟なルークは全く意に介さず、あまつさえ勘違いと言えど己の命を狙って襲ってきた元・人間を友人として傍に置くのでは堪ったものじゃない。そこらの感覚は人間もさほど変わりはないようで、ガイもなぜルークが懐いてくるのか推し量れないでいるのが、少し気味が良い。


「そんな勢いで吸い上げたら私たちは灰になります。ルーク…そろそろ製剤を飲む気にはなりませんか」
「嫌だ。見たことない人間のなんて、きっとうまくねーに決まってんだろ」
「人間も我々と変わらない外見ですよ」
「見た目同じならヴァンパイアでもいいじゃん」
「………」


ああ言えばこう言う。ジェイドは早々に何百回目かの試みを断念した。へそを曲げられてハンガーストライキを起こされ、糅てて加えてまたぞろ休眠状態になったら、今度こそジェイドは首を絞めて腹を斬る。
ルークは異質な存在だった。
生まれたとき大抵のヴァンパイアはそのほとんどが人間よりも少し丈夫というだけで以後成長もするし、体ができて初めて成長が止まり吸血活動の必要になる成人を迎え、初めて太陽や清水を不得手とする。転化という成人になる時期は個人差に因るものが大きく、成人を迎えたといってもルークのように子どもの外観の者も珍しくはないが、ルークは、城の地下で物心ついたときから血の渇きに飢え、耐えきれなくて休眠状態に入るというプロセスを、ずっと繰り返していたという。時間の概念が極端にないルークの要領を得ない話からして、およそ五百年ほど。初めて飲んだ血が、ジェイドが僅かのつもりで唇に塗った血だった聞いて、足元が危うくなったのを覚えている。つまりルークは血の味を知らず知らずの内に転化を終え、ずっと断食していたと。普通は、狂うか死ぬかのどちらかなのだけれども。


「同族の血なんて、本当に美味いのか? ルーク以外に、人間が嫌いで飲まない偏食がいるのか、知らないけどさ」
「さて。長く生きていますし、一応かつての研究者の身ですが、生憎とルークのような例も、人間から吸血鬼に転化した元・人間の例も、机上の空論に近いものでしたしね」


途端にガイは苦々しい顔を歪める。
ガイは、その人間から吸血鬼に転化した珍しい実例そのものである。数年前に住んでいた村を襲われ、情けなくも気絶していたところを何かされて、気づいたら転化していたという、何とも身にならない実例。しかし、村を殲滅した蛮族が、どうもヴァンパイアを統治する三国のひとつ、キムラスカの上層部らしく、ルークがその世継ぎに瓜二つなんて(ジェイドにとって)要らない情報はしっかり覚えていて、それによる復讐のとばっちりを受けたはずのルークは鷹揚に 「行く場所がないなら好きなだけここにいれば?」 ときたもんだ。面白いはずもない。大変面白くない。
隠れて始末をできれば良いのだが、ルークはガイをすっかり気に入り、ガイも今はルークを憎からず思っているので(少なくともジェイドを邪魔者と認識するほど)、それも適わず。
既に煮えている腹に据えかねるほどに面白くないのだ。少しの嫌味くらい、許して欲しい。


「ジェイド」


ガイの膝の上で足をぶらつかせていたルークが、ふと手を伸ばす。


「血、ちょうだい」


ガイからジェイドに標的を移したようだ。
ルークは、欲求に関する我慢が限界を超えると、際限なく貪ることに夢中になる。幾百年も断食をすればこその悪食に、ジェイドはそれを止める術を持たない。
ガイの膝から抱き上げてやったルークは、ジェイドの襟刳りを勝手に暴き、鼻をぐりぐり押しつけた。噛みつかれる痛みと共に押し寄せる酩酊に眉を寄せ、ひたすら耐えるジェイドを、ガイは苦味走った笑みで見ていた。


「さすが古株、俺みたいにトばないんだな」
「おかげさまでいつも貧血気味ですがね。灰になりたくなかったら限度と耐性を学ぶことです…ルーク、いい加減に放しなさい。ルーク」


むずがる赤ん坊をあやすように体を揺すり、未だに意味もなくジェイドの首筋を噛んでいるルークの正気を促す。甘えたな子どもはもう一度血を舐め上げると、興味が失せたとジェイドの腕から抜け出し、窓辺へ腰かけ鼻歌を歌いながら外を眺めだした。
外は晴れやかな空だが、吸血鬼に致命的な紫外線は、国が開発した防壁で遮られている。とはいえ完全に安心できる代物というわけでもない。


「初めて太陽光で死ねるとわかったときは、本当に驚いたなぁ」
「無様に火傷でもしましたか?」
「火傷なんて軽いもんじゃないさ。肌は溶けてずるずる落ちるし、体中の肉が煮えるようだったし、血が蒸発する音が聞こえるんだ」
「貴重な体験ですねぇ」
「二度としたくないがな。あんたも一度経験するといい」
「慎んで遠慮しておきます」


惜しいな、とガイは口にせず言う。獰猛な瞳の光は、影になっている部屋の中で一際強く輝いた。そんな隠しもしない凶悪な様子に、ジェイドはため息をひとつ。
ルークに血を吸われるのは痛みも多少あるが、それを凌駕する快楽が伴う。体は冷え、頭に熱を持ち、彼我すら消え失せてしまえる意識の略奪は、急速な治癒力を持ち得る吸血鬼には届かない忘我。よほどの半死に等しい。同族同士の非生産的な吸血活動が禁忌とされるのも知れよう。既にガイも中毒になりかけている。
しかしジェイドが危惧しているのは、調子に乗ったガイがルークの血をねだることであって、ガイがオーバードースで干からびようがどうでもいい。血を吸われたルークが貧血を通り越して休眠状態に戻ったら、恐らく三百回ガイを干物にしても飽き足らないくらい怨むだろうことはわかっている。
まあ、己が目を放さなければ良い話だ。あの子どもが幸せなら、こんなはみ出し者同士の集まりにしばらくの間は甘んじて構わない。


「あの鳥焼いたら美味いかなあ」


黄昏色の髪の子どもが、笑っていればそれで。
 

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