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- Date:2024年11月23日
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ジャンル無差別乱発
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すれちがうたびに目につく金髪が、むしょうに心をささくれ立たせた。
うつ向いていた視線がふと持ち上がり、ソルジャー独特のそれではなく、自然そのものの青が見えたとき、らしくなくうろたえた。
他と同じく、あの英雄のように強くなるんだと頬を蒸気させ、夢一杯だと体で表すのを見ていると、何だかむず痒くなってきた。
ソルジャーなんてろくなことない、未熟な坊やは田舎で大人しくしてな、なんて言いたいことはあるのに、結局、それを見てしまえば年長者の特権たる説教の類は何も言えなくなってしまうのだ。
人を殺すことの何たるかをもよく知らず、平気でその夢を語るのを見ていると、正直むしゃくしゃして仕方ない。夢を語るばかりで手を血で汚す現実を見ないその体たらくに苛立ってしょうがない。
そんな世界を、知って欲しくないのに。
しかし嫌われても構わないほど手非道く身の入った忠言をくれてやるくらい、ザックスは嫌われることに寛容で、身の程を捨てきることができなかった。所詮我が身可愛さ、というよりも、彼に嫌われたら耐えられないほど執着し、その心根が弱かっただけのことだが。
「あんまり良いもんじゃねーよ、ソルジャーなんてのは」
これが精一杯だった。
疲れたように微笑むザックスに気遣いか、戸惑ったように見上げてくる彼はそれ以上何も訊かない。そういう気配りができる良い子なのに、世界というのは本当にうまくできていない。
俺みたいに考えることが不得手で手ばかりが先に出るような男じゃないだろ、お前は。田舎に帰って、可愛い嫁さんもらって、時々嵐のように気まぐれなモンスターにちょっとびくつきながら、こぢんまり暮らすのだって、それはそれで幸せじゃないのか。
けれど当たり前だが、ザックスのごちゃごちゃした取り留めない思考や嘆願を、彼はそこまで正確に読み取ってはくれなかった。
彼はあくまで静かに夢を胸で育みながら駐屯し続けた。そして今日も、勝手がきかないと憤慨するザックスの心に小さく爪を突き立ててくれるのだ。
それがとても憎らしく、とても、いとおしく尊い、眩しいもののようにザックスには思えた。
ああ、なんと醜い心
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一般兵卒が上官を通りすがることはない。道を空け、脇で上官が過ぎ去るまで敬礼するのが軍規律であり、当然のモラルだった。
支給された青地に灰色のラインが入った制服が並んでいるのを見て、ザックスは辟易して密やかにため息を吐いた。
統率力が第一に求められる軍部では仕方ないが、こういった堅苦しい規律は好かない。
ただでさえ閉塞的なのだから、もうちっと解放してもいいんじゃねぇか?
どうせ上司もそういう意味では堅物なので、彼は思うだけに留めているけれど。
代わり映えしない青い群衆の中で、ひらりと明るすぎる金髪の毛先が見えた。
クラウド・ストライフ。
ごつい名前のくせに華奢で周りより見劣りする通り、魔力や瞬発力、俊敏性は軍人以上に高くあれど、軍人に絶対不可欠な体力が根本的にない訓練生である。なのに本人は前線一筋なソルジャー志望で、身の程を知らないだとか思い上がりも甚だしいだとか、いろいろ難癖つけられいじられているが、本人はどこまでも本気らしい。あまりに偏りのある能力閾値に担当官は苦笑いしていたが、郊外訓練では大きな失態もなく、やはりそれも難癖の原因であるそうだ。
まだ、脱落してなかったのか。
この頃になりようやく憧憬などでは通用しないと骨身に染みる輩の除隊願いや志望所属異動が多くなる中で、そんな感慨にも似た気持ちが心の片隅で沸き起こる。
彼はザックスに、憧れに類する興味などは一切示さない。ただ一途にソルジャー1st.の座を見ている。そこの玉座に収まる英雄と名高い男といつか肩を並べることだけに拘泥している。それは過去の、否、今のザックスとて同じだが、それでも危険な目に遭う前に自ら除隊して欲しかったのに、見たところ無用の願望らしい。
これまでそれなりに同期に入隊した仲間や同僚の死様を戦争や任務で見てきたが、クラウドの死顔や、骸が打ち捨てられた荒涼とした荒れ地を想像したくもないし、現実に見たくもない。それをザックスの我が儘と割り切るには伴う恐怖が冷たすぎる。踏まれモンスターに食い散らかされた無惨な死体を見るくらいなら、いっそ便りがなくてもどこかで生きていてくれた方がずっと良い。そう思うほどにザックスはあの彼に執着しているのだ。
使うシャンプーやボディソープは誰しも同じ支給品の素気ないものなのに、彼の横を通るときだけその匂いが鼻についた。
その香に嫌気がさす
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同期の人間が殉職した。
自分よりも早くソルジャー候補生になり、野営訓練で外に赴いた矢先のことだった。ウータイの辺りの連中がやったらしい、くらいにしかクラウドは知らされなかったが、それに他の者のような不満や疑問を持つことはなかった。
ソルジャーは一般の軍事機関とはまた違うので、死んだ彼に殉職という二階級特進の処置はなかった。この子は神羅のために働いたのに、どうして、と勝手を知らない親は見舞い金と書類と遺物に嘆きなげかけるだろうが、それでも諦めは早々につくのだろう。文句を言うだけ不毛なのだ、だって神羅だし。
そういう点では、クラウドも同じである。薄っぺらくても律儀に手紙を送る相手はいるのだ。だからといって死に怯えるつもりはないけれど、しかし、辛そうに歪められた顔を思い出す。
さきの任務でクラウドと共に派遣されたソルジャー2nd.の、黒髪の男。クラウドと同じく辺境の田舎の出で、故郷の名前を教え合って密やかな笑みをこぼし合った、気さくなソルジャーだった。
『あんまり良いもんじゃねーよ、ソルジャーなんてのは』
弱音なんてらしくない男にしては、ずいぶん弱々しく儚い笑い方。書類を訓練宿舎に持ってきた彼とかちあった休憩ブースの中ですぐこもるほど、小さな声。
葬式の日時が張り出されて、同期の死が克明に現実となってゆくのを肌で感じ、今更思い知る。あの男は、自分に死んで欲しくなかったのか。だから囁くように牽制し、遠ざけようとしたのか。だとしたら、なんと無意味な。
半ばむきになる思いで担当官から所属先の変更を奨める声も、周りからの陰口や嘲笑も看過して、泣き事を漏らすのにすら時間を惜しんで訓練を受けるクラウドの信念は揺るぎない。目指す背中がなかなか定まらず、届く見通しも立たない焦りにクラウドの体力のなさが拍車をかける。大して年も離れていないあの男がソルジャーになっているのに、自分はなんだ、と。こんなところで燻るのは早すぎる、と。
だから、クラウドの足を止めるが如き葬式の参列に、クラウドは何の感情も動かさない。死を畏れて泣くなんて段階はもう過ぎた。
あれが万が一あの男のほんの弱音だとしたら、ならばせめて隣に立ってその屈強な背に手を添えるくらいのことはできるはずだ。
それくらいは。
同期の死も、あの男の弱々しい声も、最早クラウドの歩みを止める理由にはなりはしない。
己の故郷が焼き払われる、数年前のことである。
涙なんかとうの昔に枯れてしまった
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背負う体は、意外なことにそれなりに筋肉がついていた。固い胸板が回す腕から脈動を伝える。
生きている。そう、生きているのだ。動きもしない、瞬きもしないビスクドールのような、こんな有り様になっていても、ちゃんと生きている。呼吸している。
抱え直した際に暗闇で煌と光る自分と同じ人工的な目の碧を見て、ザックスはとてつもない悲しみに呑まれかけた。ああ、お前の目の色、けっこう気に入ってたんだけどな。
魔晄照射と呼ばれる、ソルジャー1st.のみに施される処置は実はとても危険で、魔晄親和率の値が大きいほど廃人になりやすい。ソルジャーになってもいない上に魔力の高いクラウドには、些か劇薬だったのだろう。既に1st.クラスになり、魔晄に触れる時間が長かったザックスよりも早く廃人になってしまったなんて、とんだ皮肉だと自嘲する。
「なあクラウド、」
「…………」
「生きろよ」
聞こえているかわからない。されどザックスは彼に声をかけるのを止めなかった。
鼻と口を塞いでもそのまま死んでゆくのに違いない。剣を突き立てれば抵抗なんてしないに違いない。けれど、意識はなくなってないと思いたい。ただの願望に過ぎないかもしれないが、そう、思いたい。
必死に声をかけ続ける。
「そういえば俺、お前の泣き顔見たことないなあ」
「……………」
「……俺は声しか聞こえなかったけど、多分、セフィロスが村を焼いたときも、セフィロスが魔晄炉に落ちたときも、お前、泣かなかったよな」
「…………」
あんたに憧れてたのに。あんたを信じてたのに。あんたを…。
セフィロスの背中に剣を刺したときの声は、恐らく震えていた。ザックスと同じく、或いはザックス以上にあの英雄とまで言わしめた男の凶行に、手非道い裏切りを感じて。
ザックスは、セフィロスもまた人間だと知っていた。クラウドは知らなかった。それだけの違いなのに、絞り出された声は切実だった。
その声に胸を打たれたのは、何故かザックスの方だった。
急所を二度もつかれ、泣きもせず倒れ伏すのが階下のポッドの合間から少しだけ見えた。泣くほどの気力がなかったのかもしれないし、既に気絶していたかもしれないが、実母や村を焼き打ちにされた悲しみや憤りに身を震わせる様は、ついぞ見なかったザックスである。それでも確かに声は泣いていたのだ。
「生き残ったら、泣けよ。泣いて見せてくれ」
そして固まるようにして二人の人間は暗く狭い路を走り抜けた。
結局、逃げている僕ら
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俺の夢や誇り、全部お前にやるよ。
そう言われたとき、何を言っているのか、言葉の意味をわかりかねた。
遠く離れた地に倒れた彼に這いつくばって体を無理に引きずり寄り添って、顔を覗き込めば、ザックスは嬉しそうに笑った。血まみれで、クラウドが覗き込むまで浅い息を繰り返していたのに、クラウドの顔を見たら平気そうな面で虚勢を張る。
頭を抱えられ、押し付けられた体は長いこと雨に打たれて冷えきっていたのに、頬の下にある傷口はとても熱くて脈打っていた。鼻孔を満たす血臭に、事の次第を全く把握していなかったクラウドは更に混乱した。中身が真っ白になったクラウドの頭に置かれた手は小刻に震えているくせに、満足そうな彼への罵倒が埋め尽す。
あんた何やってんだとか、なんで戦ったんだとか、置いて行けば良かったのに馬鹿じゃないかとか、俺よりお前の命の方が大事じゃないかとか、けれど言葉になる前に呼気となり、嫌にひきつって口から零れた。
頭を上げ、落ちていく左腕を呆然と見て、やはり悠然と微笑むザックスに目を向ける。血まみれだが、顔は傷ついていない。血の気のない、白い顔だ。
「やっぱ泣かないかぁ」
仕方ないと言うふうに笑う。
顔の右半分についているザックスの血が、重い。
「お前が俺の生きた証」
「………」
「俺の夢や誇り、全部お前にやるよ」
夢心地でバスターソードを受け取りながら、目を瞠る。
待ってくれ。それは、あんたそれは、遺言じゃないか!
言いたいことなら、たくさんある。
あんたが延々とかけてくれた言葉は、全てちゃんと届いた。
何でも屋をやるのは構わないが、俺は家事なんてできないぞ。
危険な依頼は分割か、無理なら一緒にやろう。
言葉にならないけど、まだあるんだ。
だから、何悠長に目なんか閉じてるんだ。
何笑ってるんだ、おかしなことなんてどこにもないのに。
お望みなら泣いたっていい。
目を、開けてくれ。
トラックの上で見た、岩陰に体を寄せてクラウドの頭を滅茶苦茶に撫で回した、優しげな笑顔が今の笑顔と重なってぶれる。まだ生きているかのようなほど生気を宿した精悍な死顔がやりきれなくて、衝動的に空を見上げ、叫ぶ。眼窩に飲み込まれる水滴が未だ降る雨か涙か、クラウドには区別できなかった。
覆っていた雲が切れ始め、差した光がクラウドの顔を照らした。
世界なんか、消えちゃえばいいのに