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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

ギャップ萌えってなに

pkmn:金+赤+緑

とりあえず世話焼きの方向性が違う二人と、それなりにしっかりしてるのに周りに理解されないひきこもり
 


変なひと。
初めてその人に会ったときの俺の印象だ。
その人は人が住むにはあまりに過酷な雪山に棲みついて、平気な顔をしている。しかも半袖。終日吹雪いている山のてっぺんで、半袖。俺なんか限界まで着込んで相棒のバクフーンにしがみつきながら登山したってのに、暖をとるものもなく不敵な半袖。ガッツがどうのなんて次元の問題じゃない。この人寒さで痛点をなくしたんじゃないかって思った。はっきり言って、今も時々思う。
その上その人は、今まで戦った誰よりも強かった。どこぞの竜使いやどのジムリーダーも霞むほど強かった。大体何だよピカチュウがレベル80代って。ないわー。マジないわー。


俺の目の前は問答無用で真っ暗になった。

 

 

 

 

で、今に至る。


「レッドさんこんちはー」
「また来たのかお前」
「何であんたが返事すんスか、グリーンさん。俺はレッドさんに言ったんスよー」


このカントー地方最強のジムリーダーと名高い人にけっこうな態度だと怒られそうだが、一応これでも尊敬している。しかし尊敬にも順位というものが存在していて、おまけにこの人、俺がレッドさんに関わろうとするのを悉く阻止するもんだから、レッドさん関係のこの人のステータスはマイナス閾値だ。邪魔すんな。
俺が最も尊敬するレッドさんはというと、喧々囂々いがみ合う俺とグリーンさんを尻目に相変わらずの半袖である。育った土地が同じ幼なじみと言えどもグリーンさんの感覚はあくまで普通の人間らしく、レッドさんと対比するに相応しいくらい厚着してもっこもこだ。余計に違和感が募る。
そんな彼は現在、相棒のピカチュウの顔をむにむにこねて遊んでいた。ちゅーちゅー嬉しそうに鳴くこのピカチュウは、以前に俺が同じことをしようとしたら、その鋭い歯で思い切り噛みつきやがった。愛らしい見かけによらず、世の中のシビアさを体現している性格でいらっしゃる。
いい加減口喧嘩も飽きたらしいグリーンさんは、暖にしているウィンディのもっさりした毛に埋まるようにしてもたれかかり、白く濁ったため息を吐く。


「なあレッド、お前まだ帰る気ないのか?」
「ない」


一瞥すらないレッドさんの即答に、グリーンさんはがくんと頭を揺らした。大ダメージだったようだ。
レッドさんは無口で無表情で無愛想でいるが、妥協する必要のないことには自分の意志を優先させるくらいに我の強い人間だ。初めて喋ったときもそれなりに驚いたが、ばっさり拒絶の意を明らかにする人だと知ったときは、もっと驚いた。まあ、考えてみれば、自主性に乏しい人がこんな極寒の僻地にいつまでもいるわけないのだけれど。
今日も今日とて帰郷の督促に失敗したらしいグリーンさん。八つ当たりみたいな目つきの悪さで俺を見る。こえぇ。


「レッドさん」
「…来てたの」


あれー、俺挨拶しましたよねぇ?


「バトル?」
「ちょ、違いますよ、そんな目ぇ輝かせないで下さいよ、罪悪感と強迫が一気に…っ」
「……そう」


あっという間に興味が失せたようにまたピカチュウをいじり始めるレッドさん。…俺、一応傷ついてんですよ。


「バトルじゃなくて、はい、長袖。あと上着も。コトネからは缶詰めとシリアルバー預かってます」
「ありがとう」
「ちょっと待て、お前らか今までレッドの世話焼いてやがったの!」
「何ですかいきなり。じゃああんたはレッドさんがこんな人気のない山奥で人知れず凍死した方が良いってんですかっ?」
「そうじゃねえよ! 死なない程度の生活が保障されりゃ、この物臭が下山するかって意味だ! お前レッドにここの住人でいろって言いたいのか?」
「ンなこと誰も言ってないッスよ! せめて凍死と餓死なんて辛い死に方しないように配慮してんですー!」
「二人とも、あんまり騒ぐと雪崩が起きるよ」
「山のてっぺんにいて雪崩に巻き込まれるか!」
「そうじゃなくてさ」


レッドさんの続くはずだった言葉は、地響きに飲み込まれた。見れば山の中腹あたりが新雪を巻き上げながらもうもうと崩れてゆく。波のように重ね重ね雪が下腹へなだれるのを呆然と見る俺とグリーンさんの後ろから、レッドさんがあーあとさして残念そうでもなく言う。


「これで下に人がいたら、きっと巻き込まれてるだろうな。もし入り口が埋まってたら二人もしばらく出られないし」


こんな吹雪の空をポケモンに乗って飛ぶのなんて、もっと自殺行為だよ。
俺とグリーンさんは青褪めた互いの顔を見合わせ、そして後ろで悠然と佇むレッドさんを恐る恐る窺い見る。レッドさんは口辺にうっすら笑みを乗せて穏やかに笑っていた。


「自然の力って怖いよな」


とても珍しいレッドさんの笑顔が、場所と場合を伴うとこんなに恐ろしいものだと散々思い知った俺は、とりあえずレッドさんは雪山で騒ぐのは登山する人間にとって最大のタブーだと言いたかったのだと後々聞かされて、
さすが最強のトレーナー、忠告の仕方もぱねぇッス。
とわけのわからない感慨に浸ったのだった。

 


余談だが、無事に下山した後の数日間、グリーンさんは毎夜レッドさんの笑顔と雪崩が迫る夢にうなされたらしい。何でも、レッドさんの笑顔を見たのは四年ぶりだとか。
俺ならそんな夢を見た次の日から眠れない。

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