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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

Missing reminiscence [5]

FF:7→8


それぞれの認識の違い。

 魔力を秘めた氷が完全に消え、バイクを転がし戸口に持ってゆく男に、家の戸を少しだけ開けて様子を窺っていた子供たちが、我先にと駆け寄ってきた。


「おかえりクラ兄ちゃん! お仕事お疲れ様!」
「クラ兄ちゃん、今日はどこに行ってたの?」
「また外に連れてってよ!」
「ただいま。怖い目に合わせてすまなかったな」


 スコールたちに向かって、お前たちもガルバディア軍と同じようにこちらに危害を加えるつもりなら、一生後遺症が遺されるくらい痛めつけられると思え、と言外に釘を刺したのと同一人物とは思えないほど穏やかに、男は子供たち一人一人の頭を柔く撫でた。目元は相変わらず見えないが、纏う雰囲気は柔らかい。
 戸惑うスコールや他の面子を通り過ぎ、子供たちを連れて家に入ろうとする男に何と声をかけて良いものか、まごつくスコールを一瞥したヴィンセントという男は、首だけ巡らせ、言った。


「攻撃する意思がない限り、こちらからは手出ししない」
「それは、誠意を見せれば話を聞いてもらえる、ととって構わないのか?」
「…………………」


 ヴィンセントはスコールを見て、静かに家に戻っていった。
 都合良く思うのなら、好きに解釈しろということか、しかし、話次第では敵対関係になるかもしれないことを考えると、武器を下げて迂濶に入って良いものかどうか、判断がつかない。
 迷うキスティスやゼルを尻目に、サイファーは風神と雷神を連れてさっさと家へと向かう。


「ちょっと、サイファー?」
「んだよセンセー。俺はSeeDの任務で来たんじゃねぇんだから、関係ねぇだろ」
「そ、そうだけど…」


 小鼻を鳴らし、呼び止められて止まっていた足を再び動かして、サイファーは無防備に開いたままの扉を開けて入っていった。
 キスティスはスコールに判断を仰ぐべく視線をやる。教師として問題児だったサイファーを受け持ったこともあるからか、何故出奔したサイファーが関係しているのか、気になるのだろう。それはスコールやゼルとて同じである。
 ガーデンに連絡を取り指示を待つべきか、一先ず彼の話を聞いて事のあらましを少しでも把握してから報告するべきか、スコールは暫し顎に手を添え、沈思した。


「……余計なことかもしんねぇけどさ」
「なんだ?」
「入ってもいいんじゃねぇかって、俺は思うよ」


 ゼルは自身も難しい顔をしながら、わりかししっかりしたその体を、居心地悪そうに縮めて、スコールに上目遣いで言った。


「…きっと悪い奴じゃないと思う。あんなに子供に好かれてさ、いや、言ってることはヤバそうだけどさ、なんか、ああ、上手く言えねぇ!」


 とさか頭を掻き毟るゼルに、どこか落ち着きを取り戻したキスティスが微笑む。彼女はもしかして、ゼルのことすらも己の生徒として見ていやしないだろうか。それは別段構うことではないが。


「…そうだな。俺たちの任務はあくまで多くの情報を集め、ガーデンに報告することだ。多少の危険があろうと、少しでも手がかりがあった方が良い」
「いや、そうじゃなくてよ…」


 ゼルの言いたい意図は、ちゃんとスコールにも伝わっている。背中を押すのにはやや力不足だろうが、スコールやキスティスの肩の力を抜くくらいには力強かった。ならば、スコールは指揮官として、時々に応じて変化する状況を冷静に判断して、周りが不安がらないように配慮した指示を示してやらねばならない。
 結局、組織の統括に潰れそうなスコールの心は、組織の中に所属する一個人に、救われ続けているのだ。己一人ならば早々にくじけているだろうに、キスティスやゼルやセルフィやアーヴァイン、リノアに支えられて、やっと立っていられる。


「行こうか」


 スコールはほんの少しだけ微笑んだ。

 


↑↓

 


〈………ザ、ザザ、…ザー………………ピピッ〉

 


↑↓

 


 先に入っていたサイファーは、居間にあったソファに座ってすっかりくつろいでいた。ローテーブルの隅には、人数分のカップが伏せてある。どうやらスコールたちが大人しく入ってくることをあらかじめ予知していたらしく、複雑な気分になった。
 木造の家は、子供が二十人程度暮らしても困らないくらい広く、ランプブラックでくすんだ暖かい照明がともっている。
 落ち着かなさげにソファへ浅く座るキスティスに、一人の子供がフルーツフレーバーの紅茶を運んできた。目を丸めて戸惑いがちにカップを凝視するゼルに、気を悪くしたのか、比較的年長の少年が不愉快げにこぼす。


「毒なんて入ってねぇよ。クラウド兄さんは、謀殺みたいな汚い真似、しない」


 憮然とした面持ちの少年は、余所者のスコールたちをあまり快く思ってはいないようだ。


「彼はどこに?」
「クラ兄ちゃんは、きっとまだ森にいると思うよ」


 少年の腕の垣根をすり抜けて、人懐こい笑みを浮かべた子供がテーブルの端ににじり寄る。


「いつの間に…」
「兄や、強いからモンスターは襲って来ないよ」
「……彼はモンスターと話ができるのか?」
「わかんない。でもクラ兄のことは、あいつら、絶対襲わない。クラ兄があいつらと約束したから、僕らも襲われないんだ」
「──彼は、人間か?」


 うっかり大きすぎる独り言を漏らしたスコールに、若干名顔を白くした子供らが、スコールを睨んだ。


「兄さんは兄さんだ。人間だろうとモンスターだろうと、僕たちを拾って育ててくれたのには変わりない」
「……あなたたちは、彼のことがとても好きなのね」


 意図せずして言ったらしいキスティスの言葉に、少年は顔を少し染めて、子供たちは笑顔で頷いた。それだけで、子供に好かれる彼の本質に触れた気がした。


「イン兄、クラ兄まだ?」
「知らん。外出したきりふらふらいなくなるのはよくあることだろう」


 ぼそぼそといらえがサイファーの後ろから返り、サイファーはカップを取り落としそうになる。正面にいた他の三人も、声を出すまでヴィンセントがいたことに気づかないほど、彼の気配は希薄だった。
 ヴィンセントはスコールたちやサイファーを見下ろし、子供の頭を撫でる。


「心配はいらない。そこの金髪頭が、下僕を二人もつけた。クラウドの気に障らなければ、五体満足で帰ってくる」
「俺はそこまで物騒になったつもりはない」


 振り返れば、クラウドは雷神の足を引きずりながら戸口を跨いでいた。五体不満足ではないと言えど、雷神は満身創夷で目を回している。十分物騒である。


「お前がどういうつもりでこのガキ二匹をつけたのかは興味ない。が、無粋な真似をしておいて、その首飛ばされないだけ、俺の気分とお前の運に感謝するんだな」


 ゴーグルをつけたその顔は何の感慨も浮かばない、とても冷めた表情だった。放り投げられた雷神を、風神が支えるのを見て、サイファーはきまりの悪そうな顔で笑った。


「ヴィンセント、子供たちを外へ」
「……お前はどうする。俺がいなくても構わないか」
「お前が素直にそう言うとは、長く生きてみるもんだな。…俺がたかがSeeDのガキどもに遅れを取るとでも?」


 ヴィンセントは暫し黙り込み、要らぬ世話だったなと静かに去っていった。
 たかが呼ばわりされたSeeDのガキどもことキスティスやゼルは、気を悪くしたと眉根を寄せてクラウドを見ている。サイファーも不服顔でクラウドに言った。


「俺はSeeDじゃねぇ」
「ならそのガンブレードを捨てろ。特徴にも等しいガンブレードをひっさげて、何がSeeDじゃないだ」
「な、」
「俺はお前の愚痴を聞いてやるためにいるわけじゃない。そこらの木にでも聞いてもらえ」


 絶句するサイファーの隣にどかりと座り、クラウドは勝手にポッドから茶を注いで飲む。関係のないサイファーを視界から閉め出したようだ。


「それで、バラムガーデンが誇る最精鋭のSeeD指揮官殿が、ここまで汲んだりして、何の用だ」
「…あんたに聞きたいことがある」
「正直に答えるとは限らない」
「……とりあえず話を聞いてくれ」


 どうにもスコールは彼相手では調子を狂わされがちになる。渋面のスコールを見かねたキスティスが、今までの経緯を簡単に説明する。


「なるほど。それで、もし仮に俺が子供を拐った上に、教会に火をかけてシスターを殺した人間だとしたら、お前たちはどうする気だ?」
「それは…」
「もちろん参考人として同行していただきます。ある程度の不自由は覚悟してもらいますが…」
「面白い。本当にできるのか? お前らごときが?」


 つまらなそうなクラウドが挑発するように言うと、ゼルの額に青筋が走る。キスティスの、膝の上に置かれた拳が、ぎゅっと縮む。
 SeeDのトップとして挙げてきたこれまでの戦歴や功績で築かれた矜持が悉く踏みにじられているのを痛感する。目の前の人間がどれほど腕が立とうが、己らは今まで無名だった他に侮られるほど、弱くはないつもりだ。相当に悔しかろう。かくいうスコールも、唇の内側を微かに噛んで、クラウドの挑発に耐えていた。
 サイファーはしかつめらしい顔で揶揄する。


「意地が悪いなァ、テメェ」
「何のことだ」
「見てた俺は良いけどよ、なぁんも知らねぇこいつらからしてみれば、あんた、SeeDの指揮官と補佐連中に喧嘩売った身のほど知らずだぜ」
「身のほど知らず…いい言葉じゃないか。俺は今も昔も身のほど知らずだ」


 鼻で笑うように一息吐いたクラウドは、空になったカップを戻して立ち上がった。長袖なのか何なのか、判断に困る黒衣を捌き、クラウドは事務机の引き出しを開けて、書類を一枚ローテーブルの上に滑らせる。


「おかげさまで知名度が上がったらしいが、俺は依頼を選り好みする。爆薬だとかを運ばされちゃ、たまらんからな。それは俺が最近請けた依頼の明細書だ」
「良いのか? 個人情報とか、気にするものがあるんじゃないのか?」
「いい。情報秘匿も意味がなくなった」


 書類に、恐らく直筆であろう、シスターの神経質そうなサインがあった。


「これは…何の依頼?」
「決まってるだろう、俺は運び屋だ。運ぶために雇われた」
「何を?」
「言う必要はない。少なくともガルバディア軍にとっては都合の悪いものか、何をしても欲しいと思ったものさ」
「……依頼を選り好みすると豪語しておきながら、自分が運ぶものすら知らないのかよ」
「お前は口だけ達者だな」


 ゼルの揚げ足を更に返して事務机の引き出しを軽く蹴る。引き出しが閉まって錠が落ちる音がした。


「お前たち、無所属を掲げてるらしいが、他じゃなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「……?」
「エスタの狗だとさ」


 スコールたちは言葉に詰まった。
 スコールたちの所属するバラムガーデン以外の、ガルバディア、トラビアにあるふたつのガーデンは、大戦の最中に実質その機能を失い、瓦解した。そのふたつが復旧の目処も立たず、やむをえずにバラムガーデンに依頼が集中するが、きな臭い依頼を除けば信頼のあるエスタの大統領経由からのものがその四割を占める今、エスタの大使気取りと口さがなく言う輩もいる。無所属だといくら言ったところで、なしくずしにエスタの近くに位置づけられ、それを疎む者がいてもおかしくない。理事長のシド・クレイマーの妻であるイデアが魔女であることも、勘繰りの原因になっているのだろう。
 そういったきつい風当たりを知っているスコールたちは、返す言葉もなかった。


「シスターはガルバディアとエスタの均衡が崩れてまた戦争が始まることを恐れていた。ガルバディア軍の横行に加え、エスタまで介入して火に油を注ぐ真似なんかして欲しくない。だからシスターはSeeDのお前らに事情を明かさなかったんだろうさ」


 頭の良い、強かで逞しい女だったよ。
 クラウドの独白を聞きながら、スコールはぼんやり書類の上で刺々しく踊る名前を見つめた。

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