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- Date:2024年11月27日
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ジャンル無差別乱発
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「預言された死を回避することができて良かったですね、ピオニー」
知己の間柄である人間が、犯罪者として出頭してきた。手枷首枷という無様な格好のわりには横柄で、犯罪者などどこにいるのかと空っとぼけてすら見える。片肘を椅子に預けていたピオニーが体を起こす頃には、皇帝を呼び捨てた不敬で引き倒されていた友人の姿があったが、やはり焦りは浮かんでいない。兵の拘束を解いてやると、僅かに眼鏡がずれた滑稽な顔で、それでもまっすぐピオニーを見てくる。
「サフィール」
「今はそんな名前ではありません。私は六神将・薔薇のディスト様です」
「…ディスト。自ら投降を願い出たそうだが、目的はなんだ?」
わざわざ自分は皇帝の幼馴染だと騒ぎ立て、詮議の末にまんまと謁見を叶わせておきながら、ぬけぬけと。ずいぶん厚かましくなった友人に、ピオニーは苦笑いをひとつ。
「…アッシュの伝言を伝えに。聞かせても構わない人間だけを残して下さい」
躊躇う衛兵に退室を促し、古参の重鎮の中でもピオニーが許す者だけを残し、膝をついたままのディストを見下ろす。留意したディストは口を開いた。
「ジェイドたちが間もなくアブソーブゲートでヴァンを倒すはずです。その後、キムラスカ軍を装った正体不明の大軍が大挙するでしょう。フリングス少将、死にますよ」
「…それは、本当にアッシュの言葉か」
「ええ。フリングス少将は生かした方が、キムラスカとの和平をより強固なものにできるはずです」
ピオニーは眉を寄せた。
その言い方はまるで、人の生死まで道具として見ているかの如く。かつてのジェイドと同じ雰囲気を感じた。
ディストは喜劇を見るように笑った。
「正確には、さらなる協力態勢を強いられざるを得ない状況になるんですよ、これから」
「どういうことだ?」
「国も人も関係なく、それこそ命の関わる問題が発生します」
「ヴァンの計画とは別に、か」
「よほど切迫してますね。寧ろ、今まで知らずにいられたことが今更露見する、といったところですか」
「お前は何を知っている」
「おやおや、おかしいですね、ピオニー。私は今アッシュからの伝言を伝えているだけですよ?」
「どうせお前も一枚噛んでるだろう」
するとディストは、つまらないと鼻で息をして、ピオニーからそっぽを向く。不敬に値するがそれは、まるで拗ねているようにも見えた。
「噛むとまでは行かずとも、関わってるんでしょうね、彼の中では。彼の望む未来に、私の譜業の知識やジェイドのレプリカの知識、あなたの地位が必要らしいですよ」
「望む未来…来たる未来ではなくて?」
「来たる未来を確かに彼は知っていますし、また『視て』もいるようです。しかしそれは、彼には嫌なようで」
受け入れがたい未来がこない者など、いない。けれどあの青年は拒絶して、足掻く。未来を知る者の特権とも言うべき傲慢だが、己だけの利潤のために使いはしないはずだ。
必要なこと以外は他愛のない談笑さえ厭い、寡黙を貫く青年が、けれど思い出したように口元を綻ばせることをピオニーは知っている。
「伝言はそれだけか?」
「いいえ、監視つきでいいので、私に研究させて下さい」
「本当にアッシュの伝言か?」
「しつこいですね! 私だってわざわざマルクトに捕まりたくはなかったですよ! けれどアッシュが! マルクトにいればせめて身の安全は保証されると!」
ピオニーは顔をしかめた。
確かに身内に甘いと自覚のあるピオニーは、今まで六神将がしてきた行為の数々に、比較的ディストが関わっていないことを斟酌して、死刑にするつもりはなかった。
読まれている。
「それはこれから検討するが、何に関する研究だ?」
「レプリカです」
「おま…っ、まだ先生のこと…!」
「違いますよ! これから必要なんです。完全同位体に関しては、アッシュに諦めるように言われました」
実物で立証されたらどうにも言い返せませんよと唇を尖らせるディストに、ピオニーは首を傾げた。
「それと、アッシュが持ちかけた取引ですが…」
「ああ。タトリン夫妻はまだこちらにいる。ダアトが少々きな臭くてなあ」
「もうひとつ、未定のものがあるでしょう。もしも今後ユリアシティで、キムラスカ国王とテオドーロ市長、もしかしたらジェイドたちと一同に会することがあれば、その内容を私が明かします」
「今ではなくてか?」
「彼の思う通りに事が進めば、或いは」
そこでピオニーははたと気づく。
ディストのその身の安全を交渉するのなら、敵ではないと思われているあの青年本人がディストを連れてきた方が、その言葉は信憑性を増す。ピオニーの性格を知り尽くして初めて成り立つこんな危険な交渉をする理由がわからない。
彼がここにいないのは、来なかったからではなく、
「ディスト」
「はい」
「アッシュはどうした」
嫌な汗が流れるピオニーを余所に、ディストは目を細めた。
「知人に会うために、死にましたよ」
皇帝との謁見は恙無く終わり、拘束されたままという条件でディストの望みは聞き届けられ、研究室に足を踏み入れたディストはふと息を吐く。
あの青年に、間もなく地殻へ飛び込むつもりだと明かされたときは、死ぬつもりかと驚いた。もちろん、普通の人間はおろか、第七音素で構成されているレプリカが、第七音素を循環させているシステムの中心に飛び込んでしまえば、無事でいられるはずもない。よしんば生き残ったとして、五体満足かも怪しいのだ。そんなところへわざわざ行くなど、ディストは反対だった。
なだめすかされ、半ば脅され、気がつけばディストにここを訪れさせる手腕は、詐欺でもできるのではないかと呆れさせるほどであった。
そして、気が緩みつつある今になって歯噛みする。この先起こるであろう未来と秘預言を明かされ、おそらく当人以外で唯一知る者となったディストは、皮肉なことに、何の因果か身動きが取れなくなっている。六神将として研究を続けられなくなった今、別の場所だとて研究をやっていける現状は僥倖と言えるが、まるでディストに向けて関わるなと言われているようだ。
彼から頼まれたものは既に完成して、レムの塔に運んであるが、余力があればで構わないと断られたものには手をつけてすらいない。ディストにとっては寧ろそちらを優先すべきだったのだが、当人の強い希望で後に回していたもの。大爆発と呼ばれる生体レプリカに起こるコンタミネーション現象への対策である。
「アッシュ…」
『できたらでいい。できなくても俺が消えればいい。気楽にやってくれ』
彼は、もしかしたら生きていたくはないのかもしれない。ヴァンに対してもアクゼリュス崩落に対しても被験者に対しても、下手したらディストやシンクやアリエッタに対してすら、命懸けでありながら捨て鉢になっていたのかもしれない。初めてみた目は、少しだけ濁り、荒んでいた。それでも世界を遺そうと奔走している彼は、いつしか疲れきって命までもを消耗してしまうような気がした。
けれど、このまま彼を疲弊させた上で死なせてしまったら。
「シンクやアリエッタに、殺されてしまうかもしれませんからね」
ならば他人の思い一匙で生かしたいというエゴは、自分一人で背負ってみせようか。
「そういえばあの中では私が最年長でしたねえ」