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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

誰のためにも死にたくない

TOA:逆行ルク


アリエッタ視点
考える。


おかしいところはスルーの方向で

考えろと。彼はアリエッタに言った。
さあ考えろアリエッタ。よく考えて。
突き放すようでいて、優しく諭す穏やかな口調は、しこりとなってアリエッタの中に残っていた。
獣の単純な力関係の樹形図とは違い、人間の身分制度は複雑で、政治的な行きあいの凡そをアリエッタはなかなか理解することができない。体面や人の目など気にする理由がわからないのだ。
あの青年はイオンや、アリエッタさえも命にかかわる怪我をさせたことがない。
イオンの執着――アリエッタとは根本的に別の執着をよく知るアリエッタは、実力としても落ち度ない彼をイオンが早々に手放すとは思えなかった。なのに、再会した青年は神託の盾騎士団にすら所属せず、一介の傭兵(或いは研究員)に甘んじていた。
青年は、未だ外されていないリングを、イオンからの嫌味をきかせた餞別と称した。最早その証は何の意味も持たない遺物として、彼の腕に納まっているのである。
それは、アリエッタと同じ理由で?
尋ねたかった。イオンが何故、アリエッタを面会謝絶したのか。アリエッタがイオンの部屋の前でぐずっていたその時もイオンの傍にいたであろう、彼に。
しかし彼はアリエッタに答えをくれず、考えろと言った。アリエッタに無理を強いない彼は、考えればアリエッタにもわかると言いたいのだ。
アリエッタは考えた。
ヴァンの命令通りに友達の力を貸してもらい、ルーク・フォン・ファブレらの妨害をし、イオンや姿の見えない青年の影を見るたびに泣きそうになりながらも、小さな頭で懸命に考えた。
考えて考えて考えた末に、初めて人を疑った。嫌な想像をした。
もしかして、今のイオンは昔のイオンとは別人ではないだろうか。
害意以外の人の機微を覚ることはあまり得意ではないアリエッタでもイオンの変化がわかった、その理由。
良くも悪くもアリエッタの知るイオンはひどく独善的で、それでいて物悲しい雰囲気を俄かに匂わせる、変わった人間だった。けれど今のイオンは全てに優しく、全てに申し訳なさそうな顔をしていた。それは、本当の導師ではないことを打ち明けられない後ろめたさではないのか。
そこまで考えて、アリエッタは泣きたくなった。
同僚のリグレットやラルゴは慇懃無礼な様子がどこかあり、シンクにいたっては明らかに今のイオンを嫌っている。それは皆、イオンがイオンでないことを知っていたからではないか。だとしたら、アリエッタに一先ずの居場所を与えてくれたヴァンも、アリエッタが望むイオンが今のイオンでないことを知っていたのではないか。
一度疑ってしまったら、その猜疑は果てがなくアリエッタの胸から溢れ、黒く染めてゆく。
誰をも信じられなくなったそんなとき、イオンに呼ばれた。
頭を下げ、胸の内をそっと明かし、アリエッタに謝りながら泣いていた。やはりアリエッタのイオンはいなくなっていたのである。しかも、もう、本当に会うこともできない。
最後に会ったイオンの顔は、どんな顔をしていた?
すぐに思い出せなくて、アリエッタは泣いた。イオンの名前を呼びながら、イオンと同じ姿をした別人にすがりついて泣いた。それがさらにアリエッタを悲しくさせた。
イオンは泣きながらぽつぽつと話し出した。
今まで誰も、イオンを個人として見てくれた人間はいなかった。導師としての在り方ばかりを求められ、本当に必要なのはイオンではなく導師イオンなのかと心の内で周りに問いかけるごとに、そうだと首肯される恐怖で泣きたくなったのだと。けれど、仮面で顔を隠したその青年はイオンを過去のイオンとは別の個として見てくれた。以前のイオンを知っているのに、以前のイオンを知っているからこそ、混同しなかった。
イオンは彼に言われたそうだ。
アリエッタが傷ついたまま導師イオンの死を知らないでいる。このままだと、勘違いをしたままイオンの影を追い、自滅してしまう。そんな焦りの滲む言葉を言われたそうだ。
イオンはうらやましいとアリエッタに言った。彼に如実に心配されるアリエッタが、とてもうらやましい。
 

「僕も、気にかけてもらえるでしょうか」
 

泣き腫らした赤い目でイオンは寂しげに微笑んだ。
けれどアリエッタは、あの青年の優しさに、イオンも触れているような気がしてならない。優しすぎるせいで導師としては半端だったイオンを厳しく諭し、しかしイオンのペースで良いと告げた青年の気遣いに。
そう伝えたかったが、それを実感するのはアリエッタではなくイオン本人だ。
 

「きっと、大丈夫、です」
 

イオンは嬉しそうに笑った。
その後、イオンの目の前で、青年はシンクと共に死んでしまったという話を聞いた。

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