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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

誰のためにも死にたくない

TOA:逆行ルク


ティア視点
空の上で


おかしいところはスルーの方向で

アクゼリュスが崩落してから、いや、おそらくルークとタタル渓谷に飛ばされる前、兄とその右腕が話していた内容を聞いて、兄を信じられなくなってしまったときから、ティアの生きる道はおかしな方に転がっていたかもしれない。しかしあのまま兄の暗い腹の内を知らずにのうのうと生活しているのが良かったのかと問われれば、ティアはうんともすんとも言えない。ティアはまだ、迷っているのだ。
雲の上で見る月は地上で見るよりも煌々しく、ティアの物憂いな顔を照らしていた。冴え冴えする銀の光は、タタル渓谷を思い出させた。
 

「ティアさん」
 

操縦桿を握るノエルが前から目を逸らさずにティアに声をかける。
 

「みなさんもう仮眠室に行かれてますよ」
「ええ…私ももう少ししたら行くつもり」
 

夜通しアルビオールを操り、疲れているはずなのに他人を気遣う余裕を見せるノエルに、ひっそりと感嘆のため息を吐く。
アルビオールの乗り手になるのが夢だったと笑う彼女は、あどけない笑顔とは裏腹に誰よりも強かに見える。アンニュイな貴族社会やそれと類する組織に属するティアたちにはない、戦争とは違った意味でその日を限りと知って連綿と続く『生きること』を無意識に知る輝きだ。
 

「ねえノエル」
「はい」
「どうしてアッシュは味方ではないのかしら」
 

こんなこと、今起こっていることの全貌を知らないノエルに訊いても詮のないことだとわかっていても、口に出さずにはいられなかった。
ヴァンに従っているわけでなく、かといってティアたちと馴れあうでもなく、冷徹な面持ちで独りを貫いている。ティアのように戦闘でも精神面でも寄りかかることができる存在もなく、独りで暗躍している。
イオンからの書物をジェイドに渡したり、どうやってか知らないが、ルークの母であるシュザンヌと白光騎士団を煽り、市民に暴動を起こさせたりしている手腕から、ルークたちを殺したがっているわけではないようだ。
パッセージリングを操作したとき、仲間のブレインであるジェイドが浮かび上がったほかのセフィロト間の縮図を見て、呟いていた。
 

「アクゼリュスのセフィロトが、他のセフィロトから切り離されている…」
 

ただでさえ耐性限度を超えている上に瘴気で侵されていたセフィロトが、他に影響を与えることなく孤立している。セントビナーの地盤が沈下したのは、無理にセフィロトを切除した反動を受けたということらしい。
アクゼリュスが崩落してからできる真似ではない。そして、ティアたちはダアトで立ち聞きした青年の話を思い出した。
 

『一応アクゼリュスのセフィロトは切り放したつもりだったんだけど…』
 

書物で情報を得てやっと仕組みを理解できたティアたちは、わからなくなった。
セフィロトが操作できたらしい青年は、書物を無言で押し付けてきただけで、その操作法の一切を教えようとはしなかった。知っていたなら共に来てくれれば良かったのに、まるで手間がかかるとでもいうように、始終無言で去ってしまったものだ。
そのことで色々と考えさせられることが浮き彫りになったのだろう。ジェイドもガイもナタリアも、難しい顔をしていて、ルークはどこか沈痛そうであった。
 

「兄さんに味方しているわけじゃないのはわかってるの。だけど私たちの邪魔もしてないのに、どうしても、味方には思えないの」
 

全てが二分化できるほど、物事が単純ではないことは、重々ティアも知っていた。けれど、彼はあまりにティアたちを拒絶している。
 

「……でも、アッシュさんは優しいですよ」
 

ノエルは静かにティアの言葉を汲み取る。
 

「荷物を代わりに持ってくれたり、兄の看護を手伝ってくれたり、アッシュさんは優しいです。アルビオールっていう下心がないとは言いませんけど、でもそれはティアさんたちのためでしょう?」
「え?」
「兄の命の恩人だから、何かお礼をしようとしてた工房の皆に、アッシュさん、言ってたから」
 

『これを必要とする人間が後々くる。そいつらにこれを貸してくれたらそれでいい』
 

ティアはますます困惑した。
彼の真意がわからない。

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