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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

誰のためにも死にたくない

TOA:逆行ルク


本編(崩落編)
オリジナルルーク視点でマルクト
認識の齟齬が露見。


いろいろおかしいのはスルーの方向で。

壮大な水の景観に、バチカルとは違う国土の肥沃さを思い知らされ、ルークは苦々しく感じた。十五年前のホド戦争で国庫は整っていないだろうが、それを補える物資の流入出に、キムラスカと根本的なところから差があるように思える。そもそもマルクト領のエンゲーブから食糧を輸入しているキムラスカは同じ対等な場にすら立てないというのに、いったいどこに勝算を見たのか。
預言だろうなとため息を吐き、王座に目をやる。
九代目マルクト帝国皇帝は、キムラスカ国王よりもずいぶんと若かった。健康的でさわやかな印象を見受けるが、賢帝と謳われるまでに敏腕を誇るやり手ということで、どうにも侮りがたい。まともに戦しあえば負けるだろうと、キムラスカ次期国王にあるまじき愛国心の欠いた感想が湧く。


「お前たちか。俺のジェイドを連れまわして返しちゃくれなかったのは」


ルークも含め、仲間の勘繰るような眼がジェイドに集中するが、さすがは幼馴染み、皇帝の遊び心ある言葉に慣れているのだろう。ジェイドは静かに眼鏡を押し上げて言った。


「陛下?」
「ああすまない。ところで、アッシュはいないのか?」
「は?」
「だから、アッシュだ。今はサフィールが雇っていると聞いたが、アクゼリュスの件と、他の件について、少しな」


あの青年と皇帝が知り合いであることが予想外だったらしく、ジェイドは珍しく無防備に皇帝を見つめた。


「あ、捕まえるんですね。あいつ、総長の命令でアクゼリュス落としたから」
「はぁあ?」


アニスの言葉に、皇帝は目を丸くする。それに意外だったのか、アニスは 「違うんですか?」 と再度問う。その後ろでイオンが物言いたげにしているのが印象的であった。


「どういうことですか、陛下。私たちはアクゼリュス崩落を見た当人です。報告にも記載しましたが、同じようなことが各地で起こり、今まさにセントビナーも渦中に晒されています。今後の打開策として、彼が何をあなたに言ったのか、お教えくださいませんか」


皇帝は渋面で隣に控えるゼーゼマンに顔を向ける。


「俺、早まったかなァ。あいつがジェイドたちに言わなかったのって、必要ないと思ったからだろうか…どう思う」
「よろしいのではないでしょうか。口止めはどちらとも言っておりませんでした。陛下のご随意に」
「んー、じゃ、いいか。俺はアッシュとアクゼリュス崩落の前に会ったことがある」
「え?」
「初めて会ったのは三年前だった。俺が皇帝に即位した祝典にな。ジェイドもいただろ?」
「私は覚えなどないのですが…」
「お前俺とここにいただろー。あいつだって今と変わらん格好だったぞ」


皇帝は仕方ないなとでも言うが如く笑っていたが、ジェイドは本気で訝しんでいる。ただでさえあの怪しい風体の青年が皇帝と顔見知りらしいのに、幼馴染かつ部下のジェイドがそれを知らないのかとティアやガイがおかしげな顔をして首を傾げていた。イオンだけが、はっとしたように体を揺らす。


「数か月前にな、音沙汰なしだったあいつがいきなり来て、今年中に戦争が始まるって言ったんだ。きっかけはアクゼリュス崩落だが、それを止める手立てはないし、止めてはならないと」
「それじゃあ、謡将の思惑通りになってしまいますわ!」
「まあ、そうだろな」


笑う皇帝に余裕が滲んでいる。ルークたちになく、皇帝と他限られた人間が知る、信用に足る絶対的な情報が作る壁が見えた気がした。
ふとルークは思い出す。
数か月前といえば、ルークにとってある意味人生の転機となったあの日。ティアと共にタタル渓谷へ飛んだそれ以降のことだ。思い至るは、ディストと青年の二人だけでされた会話。


『…本当にやるつもりですか? 下手したらあなたは』
『そのためにグランコクマで許可をとる必要がある。…』


あのときか。


「陛下」
「ん? なんだルーク・フォン・ファブレ殿」
「そのとき、あいつ…彼に何の許可を出したんですか」


皇帝は一瞬目を見開き、獰猛に笑った。今までの、どちらかといえば鷹揚な雰囲気は消え、ちらと見せた残忍な王の顔。どちらもこの男の本質なのだろう。
ルークは変わった空気の質に気付かないふりをして、行儀悪く、しかし堂々と玉座に座る皇帝その人を見据えた。


「…なかなかどうして、見込みがあるじゃないかキムラスカ次期国王殿」


にやにや笑う皇帝に、思い出したのか険しい目を向けるジェイド。ガイもどこか納得のいかない顔をしている。


「俺が出したのはそんな大層な許可じゃない。マルクト内の犯罪者における人事裁量処分権。それと、一部マルクト領を損なう許可だ。それに伴い兵も少し貸したが、今は全員帰ってきている。あとは……ひとつは俺との個人的なこと、あとひとつは未定だな」
「それは…っ、マルクトの人員裁可を委ねたということですか!」


余程のことがない限り、王としてそれは、決して褒められたことではない。
まだ笑っている皇帝と、軽率が過ぎると唖然とするジェイド、それと話が繋がらなくて眉を寄せているダアト陣、何かを考えているガイ、自国が戦争をしかけると半ば信じられなくて焦るナタリアをよそに、ルークは考える。
鉱山というものはその労働の辛さから、通常煙たがれるものである。しかし仕事にいならなければ意味はなく、よって何らかの罰則や、急遽金は入り用になった家庭を持つ者にそれが宛がわれる。工夫の大半は確か。


「アクゼリュスの人間を見殺して、皇帝陛下、ひいてはマルクトに得られる利点は、」
「何を言ってるのルーク! そんな、殺されていい人なんて…!」
「――それが、死刑を待つばかりの人間だったらどうなる」


ティアやアニスの顔色が変わる。
皇帝は満足げに頷いた。


「アクゼリュス崩落が戦争の引鉄になるならば、こちらも食糧の確保は絶対だ。削減できるものはむしろかまわない。瘴気に汚染された鉱物は買い叩かれるどころか人に有害かもしれん。土壌が汚染されているなら、広がる前になくなった方がいいしな」


マルクト全土の人民と、割合としては少ない死刑囚ならば、単純な加減でもどちらが大切かなど明らかだ。況してや彼は国を守るのが役目なのだ。感情や、人間的な面は推し量れはしないが。
同じ施政者になる者として自覚のあるルークやナタリアやイオン、理解のあるジェイドやアニスは神妙な顔をした。


「陛下」
「なんだジェイド」
「それで、今の話を聞けばマルクトにばかりメリットがあるように思えるのですが、彼は見返りに何を求めたのですか?」
「犯罪者における裁量処分権。マルクト領の欠損のふたつはさっき言っただろう。あとひとつは後でいいと言ってたが…もうひとつはお前らには言えん」


皇帝の目が、僅少アニスに注がれた気がした。


「ならば、彼は何を材料にマルクトに取引を…」
「なんだと思う?」


皇帝は悪戯っぽく笑う。間を置かずしてガイが叫ぶように言った。


「タルタロスに乗ってたジェイドの部下か!」


アニスの体が揺れる。


「どういうことだ、ガイ」
「ほら、俺がお前を迎えにタルタロスに乗り込んだとき、溶接されて開かない扉があったって言っただろ」
「あ…ああ」
「あそこならオラクルの連中が無理に開けようとしない限り殺されることはない。むちゃくちゃだけど」
「ガルディオス伯は有望だな」


皇帝はまた爽やかに言った。


「ジェイドの部下は、兵役に復帰できるかの如何はおいて、ほとんど生きていた。それと引き換えというには、マルクトに利があったからこちらとしては断る理由はない」
「…あなたは、これから起こることを、彼から聞いてはいませんか?」
「いいや。全く、どこまで先が見えてるんだろうなあ。つくづくその先見の明が欲しい。なあ導師殿、アッシュに会ったら、一度マルクトにこいと言ってくれないか?」
「僕が、ですか?」


皇帝の言葉を借りるなら彼はディストに雇われているという話だし、イオンの認識では彼は六神将で、確かにイオンの部下にあたるが、直接面識を持つ機会はないだろう。それなのに、皇帝は頷いた。


「導師の補佐役は辞めたって聞いたけど、まだダアトにいるんだろ?」

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