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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

誰のためにも死にたくない

TOA:逆行ルク

本編(崩落編)
オリジナルルーク視点

いろいろおかしいのはスルーの方向で。


タイトル拝借『ダボスへ』
紫色の靄のような物が辺りに立ち込めている。見ていると不安になる光の見えづらい靄の中、タルタロスに彼らはいた。その内の彼女らは、先に毒を湛えた泥に沈んで息絶えた子供を助けられなかったと痛ましげに目を伏せている。
そこに、いるはずのない、いてはならない人間が一人。
分厚い鉄扉をあけたルークは目を見開いた。
気を失う寸前の記憶。掌からあふれそうな光の濁流に、半ば意識を持って行かれそうになっていたときに、自らの中へ寄り添った気配。


(目を閉じろ。徐々に力を手に集めるように、意識して)


その後を、ルークは知らない。


「お前……!」
「ルーク! 目が覚めましたのね!」


力任せに激昂しかけたルークに気づき、ナタリアが走り寄ってきた。それを押し退け、ルークは甲板に足取りも荒く出て行く。


「何故ここにいる! そいつは…ッ!」


今まで散々ルークたちの進路を阻んだ六神将の一人。それも少し前に、直接ルークたちの前に敵として立っている。その青年は、気だるげにジェイドの脇で腰を下ろし、ルークの剣幕にも心が揺れているようにも見えない。そのふてぶてしさはルークだけではなく、周囲にも悪印象を与えたらしい。


「ちょっとぉ! その態度はなにぃ!? アクゼリュスの街崩壊させて、住んでた人殺しといてぇ! アンタ心がないの!?」
「え…」


アニスの喚声に、ルークは目を瞬かせる。
そういえば、坑道の奥にいたのが、いつの間にかタルタロスに乗船している。アクゼリュスで蔓延していた瘴気よりも濃いものが生温い風に吹かれてたゆたっている。
ルークの混乱を鎮めるように、俯いたガイが口を開いた。


「ティアが、オラクルに捕らえられそうになったとき、そいつらが、ヴァンがアクゼリュスを落とすつもりだと…」


セフィロトと呼ばれる、大地を支える柱があるといわれる場所に彼らが行くと、既に崩落の始まった空間にはヴァンの姿はなく、気絶したルークと、ダアト式譜術を使わされて疲弊したイオンの傍で、パッセージリングの制御盤を触っていた青年がいたのだという。
傍から見れば確かに青年がセフィロトの機能を損なわせたと思うだろう。青年はヴァンの部下であるし、アニスやティアもそう判じて青年がヴァンの命令によりアクゼリュスを落としたと声高に責め立てているが。
本当に?
気絶していたルーク以外に、最初からあの場にいたイオンはミュウを抱いて、何か耐えるように唇を噛んで目を伏せている。アニスが喚くたびに、僅かに首を振っているのは、何故だろうか。それにルークが坑道に入ったときは、ヴァンも共にいた。瘴気を消せると、そういわれ、パッセージリングに向かって手を伸ばすように指示されたのを覚えている。いつもと違う、まるで獣のようにギラギラ鋭利に笑って、彼は言った。


『愚かな      』


「       っ!」


違う。この青年ではない。セフィロトを破壊したのは、彼ではない。
そう否定しようとしたルークの裾が、イオンに、控えめに引かれた。
被さるように、ジェイドが言う。


「アクゼリュス崩壊の真偽はさておき、是非とも知りたいですね。何故あなたはザオ遺跡でイオン様を解放すると、ルークへわざわざもらしたんですか? 聞けばあなたは、最初からザオ遺跡でイオン様を解放するつもりだったらしいじゃないですか」


その手に槍を携え、ジェイドは眼鏡の奥から青年をきつく見据えた。


「素直に教えるとでも?」
「教えるつもりがないのであれば、この場で拘束します。我が国の領土と領民を害した者として」


槍の刃先が青年の首へ薄く刺さる。青年は首に槍を刺したまま、押し返した。
立ち上がった青年は冷えた面を向け、いっそ傲慢なほど高飛車に言った。


「そんなことが聞きたいんじゃないだろ、バルフォア博士」
「何を、」
「アンタはもっと利己的で、知的探究心を満たすのを第一に考える人間だ。コーラル城にあったあの装置とか。ディストやシンクが取り返しにきた音素盤の中身とか。アンタの好奇心を刺激するのはこんなところか。本当は想像できてんだろ。答え合わせが欲しくないか?」


聞き覚えのない、しかし恐らくジェイドを指すであろう名前に誰しも首を傾げる中、動揺を一瞬で消し去ったジェイドは槍を構えなおした。青年の首は傷つき、血を流している。


「訊いているのはこちらなのですがね」
「答える義理はないな」
「ならば質問を変えましょう。あなたは何をしにここへ来たのです」
「大佐、何言って…」


アクゼリュスを落とすためでしょと難じるアニスを昏い目で黙らせ、ジェイドは青年をひたと見据える。
青年は刃先を睥睨すると、甲板を軽く叩きながら、ルークとイオンの方へ歩み寄る。唯一の情報源の首を刎ねるわけにはいかないジェイドが槍を引いて詠唱を始めた。


「ちょ、ちょっと! 近寄らないでよ!」


ルークたちと青年の間に体を割り込ませたアニスが焦燥もあらわに叫び、いつでもトクナガをけしかけられるように背から人形を下ろす。青年はアニスを見、ルークを見、イオンに視線を移して、ふと口元を和らげた。
それが所謂笑みだと気づくと同時に、ルークにじわりと驚倒が押し寄せた。
淡い光が踊る森で、雨の降る廃工場で、熱砂の吹き荒れるザオ遺跡で、顔を合わせたいずれも彼の顔が柔らかく変化したことはない。敵と認識されたので当然だが、あまりに変化がないものだから、てっきり表情を変えられないのかと気に食わなかったりもしたのだけれど。
青年はイオンに跪き、恭しく頭を垂れた。


「アニス・タトリン奏長に、ご両親から手紙を預かっております。検めた上でご確認された方がよろしいかと思い、馳せ参じた次第でございます」


差し出された封筒をイオンの手が受け取り、アニスに筆の確認を取る。青年は詰め開き、ジェイドの脇へ戻った。
手紙を読んだアニスは、若干白い強張った顔で小さく呟いた。


「…………これ、どういう…………」


青年は何も言わない。焦れたように、アニスはがなる。


「何でアンタがパパとママの手紙を持ってんの!」
「……ご両親は大切な任務を請けておられる。お前は守護役の任を全うすればいい。イオンの傍で」


アニスは青褪めてうつむく。先刻青年に噛み付いた剛毅さは見る影もない。様子がおかしいアニスを心配し、ティアやナタリアが何をしたのだと青年を詰った。


「さて、ナタリア殿下とカーティス大佐」


水を打ったような静謐さを面に湛えながら、青年は言う。


「これから行くユリアシティの代表から、きっと今後を左右する話が聞けると思うから、先に言っておく。話を聞いた上で、それでもヴァンの目的を探るために彼がよく行くベルケンドの第一音機関研究所に行くのなら、それぞれの国に手紙を送って自分の無事と現状を報告するのを勧めるぜ」
「それは一体どういうことですの!」


青年はフードを目深に被って囁めいた。


「戦争が始まる」
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