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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

罪とはゆめゆめしいものです

TOA:逆行ルク

六神将(一人欠員)と愉快な毎日そのいち
はじめましてお父さん


タイトル拝借「クロエ」
「初めましてサフィール=ワイヨン=ネイス」


明かりの届かない部屋の影に、ぽかりと浮かぶように顔があった。服まで黒いからか、首だけで浮いているように見えるディストは、一瞬慄いた。死体を漁るとまで言われている幼馴染が実験して捨てた人間の魂魄が自分の所に来でもしたのかと、内心とても慌てた。幽霊なんて存在は全く信じていないが、その首は頭から血を引っ被ったように鈍い赤色をしていたものだから、もともと臆病な性質のディストにはたまったものじゃない。どちらにせよ、そいつはひどく現実味というものがなかった。


「だ、だ、誰ですか、あなた!」
「導師のレプリカはいくつ捨てた?」
「っ、」


それは、死んだ導師と計画を立案したヴァンやモースと、そしてレプリカ作成に携わったディストと、甘い汁をすすって口が堅くなった研究員とごく少数に限られた人間しか知らないはず。あの導師の気に入りであったアリエッタですら知らないのに、この男(子供か?)はどこからそんな情報を。
うろたえ口を噤み、ディストはこの実態が感じられない少年以外に傍耳を立てるような誰かがいないか、今更確認した。これはある意味、このダアトに蔓延るどんな醜聞よりも知られてはならない。まだここにいる目的も達していないのに口封じをされて消されるなんて諧謔にもならない。


「あ、なたは誰なんですか」


正直言って、ディストは何の闘いの用意もない。武闘派と名高い他の師団長とは違い、ディストが買われた最たるは、ケテルブルグの天才と言わしめたその頭脳なのだ。いつか恩師を蘇らせるためだけにここにいるという、他とは些か毛色の異なる事情もある。だから今、ここで死ぬわけもいかないが、武力に訴えられて五体満足でいられる理由もまた、ない。
誰何された少年はそれにいらえも返さず、ただ未だ椅子にかじりつくように座っているディストの方へゆっくりと歩み寄ってきた。


「ネイス博士にひとつ、言いたいことがあるんだけど」


別に暴力に走るつもりはないよと言うには、物々しい空気がディストの予想よりも頼りない体から滲み出ていて、その言葉を裏切っている。鬼のような幼馴染のおかげで不本意ながらも打たれ強さには自信のあるディストの頭に警鐘が響いた。


「神託の盾騎士団にい続けても、あんたの欲しがる物は与えられない」


体が強張った。目に見えない場所で汗がじわりと垂れる。
明言されていないが、仄めかされた内容を鑑みるに、この少年はディストが何のためにここにいるかを知っている。最初に、今は呼ばれなくなって久しい本名をわざわざフルネームで呼んだのだから、きっとあのお調子者で人に慕われやすい現マルクト皇帝や、かつて一度失望し袂を別った今でもディストの憧れを独占し続けている軍人と幼馴染であることも知っているに違いない。それでもディストは目的から目を逸らすことを良しとしない。
数年前にディストは奇跡に近い完全同位体のレプリカの作成に成功して、それが生成可能だと知っている。その後に、被験者と完全同位体のコンタミネーション現象が起これば、体はレプリカだが、被験者の記憶を持ったオリジナルに変わりないあの人が帰ってくるのだ。それはディストの悲願であり、最早生きる理由ほどまでに大きくなっていた。脅されたとて早々に諦められるはずもない。


「あな、たが、そう断言できたとしても、こちらが信じられる根拠は、ありませんね…」
「ヴァンもモースも、マルクトにあるものとホド戦争以前までの情報しかない。戦火に巻かれ、消失した。…いや、そのための戦火、かな」
「どういう、」
「つまりあの二人は、あんたがマルクトから亡命したときに持ってきた情報以外に真新しいものは持ってないってことだ。何なら幼馴染に聞いてみればいい。あんたの身柄を餌にすれば、少しは教えてくれるだろう」
「あなた一体…」


少年は死滅していた表情をゆっくりゆっくり動かした。引き結んでいた口元が、引きつりながら上がってゆく様は正直気味が悪い。それもどうやら故意ではないらしい。


「もしもレプリカネビリムの生成を諦めるなら、貴重な貴重な完全同位体のレプリカを研究員として雇える」


悪い条件じゃないだろ? と少しも笑っていない目を細められ、ディストは鬼畜が服を着て軍人というこの上ない職に就いたような彼を思い出し、気づく。
その少年の目が、小暗がりを薄く照らす明かりを反射する目が。
芽吹きの色であることに。


「あなた、まさか…」


ディストは完全同位体ができるシステムを理解していない。あれは偶発的に起きた事故による副産物で、どの要素が関わってそれとなったか、わからない。
けれど確かに完全同位体ができたのをディストは知っている。それが作られて数日後、培養液から出され、被験者と並列して比較検査をして、完全同位体だと判明して沸く研究員たちが目を放したその一時に、夢の欠片であるレプリカが、事故か人為かフォミクリーに致命的な打撃を与えて消えたことを。
よく見ればあの記憶を消されて公爵家に戻された被験者とは、兄弟以上に似ている。


「こんにちは。改めまして」


実質あんたが親になんのかな。
図らずも、ディストが望まない形でイミテーションは転がり込んできた。
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