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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

終わりへの始まり

TOA:逆行立場逆転ルク

ネタから引用
多分小話連載
タイトル拝借「idiot」
光の粒が吹き上げ、視界を折節埋める。一万のレプリカ、一万人分もの第七音素が意識集合体と共に空へ昇ってゆく。それはとても幻想的で、ともすれば初めてケテルブルグで見た雪と見紛うほど柔らかで冷たい光景だったが、今その命が体と共に消えゆかんとしているにしても、何の感慨もなく、ルークはそれを見ていた。
腕のなかには己の被験者とされる人間の体がある。冷たくて、重くて、肌の下には流れる血の暖かさが感じられない、死体として。初めて死体に触れたが、初めて人を殺したときに押し寄せた波のような恐怖はなく、やはり淡々と、自分と変わらない顔をじっと見ている。自分の死に顔もこんなふうになるのか、ただ、それだけで。
思えば終始レプリカと自分を呼んで、お前に居場所を奪われたのだと激しい感情と刃をぶつけていたこの男も、ずいぶんと哀れだ。居場所は既に自分の偽者が居座り、のうのうと温い世界で生きていると怒っていたけれど、わざわざルークを殺さなくても、彼はいつでも帰れたのに。
ルークがレプリカであり、人間でないと知れたときの仲間の、仲間と思っていた人たちの目の、なんと冷たいことか。今でも思い出せば身が竦む。人を人として見ていない、如実に自分らと区別をつけるような、切れ味の鈍い刃物のような目。それから逃れたくて変わろうとした。変わりたかった。なのに本質は他に縋るしかない臆病な子供のまま変わっていないのだと、思い至る。
けれど、もう、そんな思いをしなくて良いのだと思うと、どこか心穏やかだ。


(いいよアッシュ。お前にこの体、あげる)


安心させてやりたい。
もうレプリカという紛い物の影に陽だまりを侵されることはないのだと。


<--それが望みか-->


(え、)


光の濁流が押し寄せた。




xxx




ふと目が覚めたら固い枕を頭に感じた。ファブレ邸のベッドとは比べ物にならないほど狭く、板のように固い粗末なマットレス。まるで治療用の寝台だ。
体を起こそうとして、それが儘ならないことに気づく。腕を四苦八苦して眼前に待ってくると、目に入った腕はとても頼りなかった。生まれて七年だとしても、最後の記憶にある体は被験者と同じ年齢に合わせて十七歳になっているはずで、旅慣れや闘いで筋張った腕ですらないというのは、一体どういうことか。そもそも自分は疾うに自我も体も音譜帯に溶けて事実上死んだのではなかったか。漸くルークは異常に気づいた。
軋む首を無理くり巡らせて周囲を見回せば、同じようなベッドに子供が転がっている。赤い毛、そして今は瞼で遮られて見えないが、恐らくは目の覚める深緑の色がそこにあるのだろう。考えたくは無いが、きっと自分も同じ顔。
―――ここはコーラル城だろう。己が生まれ、ルークが死んでアッシュとなった時間。
ルークは煤けた石造りの天井を見る。


「……おーえあい、か」


固まった舌から出る言葉にならない声にうんざりする。そうだ、確か生まれたばかりの自分は、歩けも喋れもしない赤子同然。けれど知識も経験も記憶もあるのは、やはり。
人ではないので(細かく言うと自分も人の形をとった紛い物なのだが)人が気持ちを推し量ることはできないのか、あの意識集合体の考えることがわからない。誰がもう一度生を繰り返したいと言った。
ローレライに文句を垂れつつ、ルークは素早く周りを窺った。少し離れた所で機械の音がする。恐らくレプリカのデータを研究しているディストだ。ヴァンが来てしまえばルークはファブレ家へやられ、アッシュはレプリカを憎みながら剣を取ってしまう。それでは、アッシュがいるべき場所に彼は帰れない。
力の入らない足を引きずり、かつてには見なかった機械をよくよく眺める。きっと、これはルークの母だ。顔が歪む。壊れてしまえ、こんなもの。こんなものがあるからルークは、アッシュは、七年経ても迷子のように彷徨っていたのだ。
言いようのない激情がルークの小さな体を駆け、全身の毛が逆立つように震え、目の前に光が弾け、真っ白な視界の中、ルークは手を開いて前に突き出し、


(ああ、これは…)











……
………………
…………………………
視界の半分は、乾いて色の薄くなった赤土が占めている。遠くの山々の山襞が見える。風を遮る壁や床はない。建物の中には、いない。
ここはどこだ。体が動かない。
目だけをぐるりと巡らすと、頭の方にどこか懐かしい白い法衣が風に翻るのが見えた。


「おや、面白い落し物ですね」


聞き覚えのある、けれど知らない人間が話しているような違和。ルークの知っている人柄から決して出てくるはずのなかろう嘲弄する声。霞む視線をそろそろと砂埃に刺激されながら上げる。穏やかで気弱な顔があるはずの表情は、知っているものよりずいぶん幼くて、本当に、面白そうなものを見つけた子供みたいに楽しそうなもの。


「珍しい毛並みですし、飼い慣らしたら使えるでしょうか」


退屈していたんですよ、とそうには見えない顔を見て、ルークはゆっくり目を閉じた。砂埃が痛い。
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