最上の愛と罵倒を Category:long Date:2008年10月10日 TOA:逆行立場逆転ルク ↓続き ドSな被験者イオン様の独壇場小話そのいち 拾ってすぐ。 汚い字が上質の紙にインクを迸らせるのを、イオンはじっと見ていた。 読むに堪えないほどひどくはないが、上達する兆しは見えない。 『俺はキムラスカ王国属ファブレ公爵第一子ルーク・フォン・ファブレのレプリカだ』 赤毛に薄っすら開かれた緑の目、キムラスカの王族たる証を持つ子供をダアトの某所で見つけたとき、なんて面白いものが落ちているのだろうとイオンは思った。これを使ってキムラスカに恩を売るも良し、突っつくも良し。変わり映えしない導師職とうるさい大詠師派の連中に辟易していた矢先に、これ以上ないオモチャを手に入れられたのだ、と。 しかし紙とペンを要求した外見がイオンより少し年上に見られる子供は、イオンの都合などかまいもせずにこんなことを書いた。体現すべく、子供は髪をいくらか抜いて消える様を見せたりするのを眺め、イオンはどこかひどく呆然としていた。 自分は近い未来に死を詠まれている。まだ若い身空にと嘆かれることすら似合わないほど幼い内に導師が死ぬと、教団と預言を妄信している愚かな連中(それが世界規模で見ても決して少なくないことを残念ながら嫌と言うほどイオンは知っている)が恐慌して荒れるだろう。だからと(それが理由にはならなくとも、大義名分として)自分のレプリカが作られることが既にほぼ確定している。自分が死んだ後の世界なんぞ知ったことではないと話半分に聞いていたが、話に聞く限り、生まれたばかりのレプリカは、自我も薄く動けもせず話すこともできない赤ん坊が如しらしい。 なのに目の前の子供は、確かに歩けも話せもできないけれど、文字が書ける。意味が通じ、そのまま朗読すれば会話になりそうなほどしっかりした文を考えられる頭がある。自分が何者か、真にはっきり知っている。 これはどういうことだと愕然としたイオンは、次第にじわりと胸を席巻する感情に気づいた。 愉快。 イレギュラーにイレギュラーを重ねたレプリカの子供。(こども?本当に?) このくだらない日々に水を差すことへの期待。(彼ならやってくれる、きっとやってくれる。) 込み上げる笑いを堪え、イオンは据わらない首と弛緩した体でこちらを見ている子供に訊いた。 「お前のこと、なんて呼べば良い?」 子供は返した。 『アッシュ』 皮肉な名前だと、ついにイオンは笑った。 PR