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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

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最上の愛と罵倒を

TOA:逆行だけど立場逆転かあやしくなってきたルク

↓続き
ドSな被験者イオン様の独壇場小話そのはち
本当の意味で開き直った。
とうとう体を起こすのも辛くなったイオンは、アリエッタを導師守護役から外した。もう入室の認められないイオンの部屋の前で、イオン様、アリエッタ嫌いになっちゃいましたか、アリエッタ、何か悪いことしたですか、イオン様、イオン様、アリエッタ謝ります、ごめんなさい、ごめんなさい、と泣きの涙の様相で言葉を尽くすかつての守護役を、今すぐ無理をしてでも扉を開けて、アリエッタは悪くない、僕がこんなに至らないのはアリエッタのせいじゃないんです、と抱きしめたかった。けれどそれにはどうしたってイオンの体が既に病に蹂躙されていることが知られてしまう。アリエッタに心配をかけたくない。だからイオンは補佐役の少年にアリエッタへのフォローを頼んだ。
この少年は相変わらず自分の傍にいてくれている。イオンに手酷く言われたのにまるでなかったことのように変わらない無表情で振舞っている。以前はそれがとてつもなく面白くないものに思えたのに、アリエッタがいない今、自分を知り、自分が知っている人間がいるのはなんと心安らぐことか。
イオンは後のイオンに渡す手紙を彼に託した。渡す時季はいつでもいい。導師が周囲に溶け込めず、もしくは周りに振り回されて後のイオンが己の立ち位置を見失ったときに渡せと。


「アッシュ」
「…アリエッタから渡された」


少年は封のされていない手紙をイオンの手元に置いた。差し出された手紙を、イオンは読むことも躊躇いもなく封筒ごとそれを破り捨てる。それすら億劫で、イオンはすぐに倒れこんだ。
破った手紙の小片を拾う少年の顔(少なくともイオンが見えているところは鼻から下だが)からは何の憂いも見えない。何かしらの劣化か何かで表情筋の活動が笑えるほど死滅している彼だが、目元はきっと悲しんでいるのだろう。けれどもイオンの胸臆も知っている彼から、イオンの暴挙を諌める声は出ない。


「アッシュ、アッシュ、ごめん、お前に辛いことをさせるね」
「何だいきなり」
「僕の代わりにアリエッタに謝ってほしいけど、そうすると後の導師に都合が悪い。ごめん、アリエッタ…」


もう一度ごめん、と呟いてイオンは目を閉じた。


「僕はまだレプリカの存在を許容しきれてないし、きっと、もう完全には、その存在を受け入れられない。僕はとても底が浅いんだ」
「そんなものだろ。同じ人間だって利害の相違で殺しあったりするんだ。好きになる必要なんてない。苦手意識のある相手だと思えばいい。大体お前、まだ十二歳だろ?片意地張ってると疲れるぞ」
「ありがとう」


素直に感謝の意を述べたイオンを珍しげに少年が振り返るのを見て、ふふ、と軽く笑う。それさえ辛くて、背骨が軋みそうだった。
とても気分が穏やかだった。
日の差さないベッドで寝ているにも関わらず、さながら暖かな陽だまりに置かれているような心地よさがある。かつてないほどの穏やかさで、イオンはにこやかに笑いながら目を瞬かせた。
こんな気持ちなら、死ぬのだって怖くない。


「アッシュ。手を出して。握って。僕の手握ってて」


差し出された手を握る。病的に白く、滑らかな自分の手と違って、剣肉刺や節くれ立って荒れた、少し冷たい手。今は凝固した血のような不吉な色だけれど、昔に見た燃え盛る火のような髪の次に、イオンは少年の手が好きである。
イオンと違う、リタイヤを妥協しない手。羨ましかった。


「ああ、アッシュの掻き回す世界、見てみたいなー」
「…生き延びれば、見せてやるさ」


口元に笑みが浮かぶ。それが叶ったら、どれだけ良いか。
でも、


「口車に乗せようったってそうはいかないよ。惨めに生へしがみつく僕の無様な姿をそんなに見たいのかい?お前もずいぶんひどい性格だね」
「イオン、茶化すな」
「アッシュこそ。夢見が悪くなるような冗談は良してくれない?」


握った手を引いて屈ませ、顔を覆う少年の仮面を外す。間近に見た少年の顔は、不機嫌に悲痛を上塗りしたような、奇妙な表情だった。
少年が治癒に用いられる第七音素の扱いに長けていることは重々承知だ。おかしな音を歌として口にし、それが絶大な癒しをもたらすとしても、それでもイオンは助かろうとしないことを、少年が知ったと覚り、イオンは少年の頬を両手で挟む。手と違い彼の頬はイオンの手より暖かかった。


「いいんだこれで。僕は名も無い一人の人間として死ぬ。まっずい薬もまっずい食事もできるだけ我慢する。だけど、ねぇアッシュ」


まずい薬。まずい食事。それが真実イオンを殺すとわかっていても、イオンは笑った。幸せそうに笑った。


「例えレプリカそっくりな死に方でも、誰も導師じゃないイオンの死を知らなくても」


笑う。(ニコ、)
笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う。
それはまるで強迫観念の絡んだ狂気だった。


「僕の死を知り、僕の死を悲しみ、僕のために泣いてくれる人間が、少なくともここに一人いるじゃないか」


僕はそれだけで世界一幸せになれる。


「君に会えて嬉しかったよ」


そうして、ゆるゆると手が放された。
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