最上の愛と罵倒を Category:long Date:2008年11月01日 TOA:逆行だけど立場逆転かあやしくなってきたルク ↓続き ドSな被験者イオン様の独壇場小話そのなな いっそ開き直っちゃった導師と、昔の面影を見せ付けられる模造品 出来るだけたくさんのレプリカを作りなさい。 導師の命令により、七対のレプリカが作られた。培養液の中で漂っているレプリカをヴァンやモースが満足げに眺めている様を辟易しながら一瞥し、イオンは部屋へと戻った。 レプリカを作るための情報を入手した彼らにとって、従順なレプリカを導師に置きたい彼らにとって、イオンは用済みな上に邪魔でしかない。いつ死んでも困らない。 アリエッタもその任が徐々に解かれるよう根回しをして、アリエッタ以外の守護役を必要ないと追いやった。いつ何時殺されてもおかしくない状況に長くいられるほど、イオンの神経は図太くなかった。 (…ふざけるな) おかしな咳を繰り返しながら、イオンは机に羊皮紙を置いた。 大詠師が新しい導師にレプリカということを負い目に感じさせ、今は一枚岩ではない教団内部の派閥の内、イオンが率いる導師派と呼ばれる改革派を弱体化させるのは目に見えている。初めはあの補佐役を前例のない男の守護役に抜擢しようとしたが、顔を見せられないと言って譲らない彼を信用しろなど無理がある。レプリカイオンに彼は信頼できると教えたとして、刷り込みを施したヴァンとモースの言葉の強制力に、どれだけ対抗できるかいまいちわからない。 だから。 イオンはペンを手に取った。できるだけ導師としてではないイオンの言葉で、レプリカという存在を、肯定するとはいかずとも容認して、その意思を尊重すると伝えるために。 レプリカの存在を否定した自らでレプリカが自身で生きることを望むなど、甚だ虫の良すぎる話だと苦笑した。それも、死に逝く自分の遺言という形で、所詮はオリジナルのエゴを押し付ける形で。 「導師、アッシュです」 「アッシュ!」 今は一人だからと入室の許可を与え、慌てて紙をしまおうとした手を止め、広げたままにしておく。 彼はイオンのすることを妨げようとはしない。本当に良いのかとイオンの決意を促すだけで、イオンが決めたことならば俺は口を挟まないけど、中途半端はやめてくれなと穏やかに言う。ああすれば、こうすればと悔いるのは自分だから、その場の空気や勢いに流されちゃ絶対駄目だから、と。 ああ、この言葉も書いてやろう。イオンは再びペンを持った。 「何を書いてるんだ?」 「もうすぐ導師が成り代わる。僕にできることをしようと思っただけさ」 何故か悲しげにしている彼へ羊皮紙を渡す。 子供から少年に体が成長して久しく、すっかりイオンよりも背が高くなってしまって、からかい甲斐のないとぼやいたイオンに少年は嫌な顔をした。 跡形もなかった襟足も伸びて奔放に跳ね、そういえば彼を拾ってもう五年も経っていたのかと感慨深く思う。何だかんだと言って、この少年が何をしようとしているのか、その片鱗すら教えてもらえずにいることに気づいて、心臓が嫌な音を立てたイオンは今問いかけてみた。 「アッシュは僕が死んだ後、どういう面白いことを企んでるんだい?」 アッシュはイオンに顔も向けない。その、あまり感情の起伏に富んでいない表情は、どうしてだか懐旧と、僅かな憂いに歪んでいる。 「アッシュ?」 「大丈夫、大丈夫だイオン」 新しい導師は、きっと優しい導師になる。 ささやくように言われた言葉に、ならば何故そんなに痛みをこらえるような顔をしているのだろう。もしかしたら、イオンが死んだ後にこの少年は辛い目にあうのだろうか。 イオンは知らず眉を寄せた。 「アッシュ、何か隠してるね」 「そんなことない」 「吐け。導師の命令」 「何でもない」 頑なに喋ろうとしない少年に焦れて、イオンはまた、いつもの傍若無人なわがままを言うように口を尖らせた。 「アッシュっ」 「何でもねぇよ!」 初めて見せる乱暴さにイオンは呆然と少年を見た。少年も、口をついて出た声の大きさに、驚いたような顔をしている。 沸々と感じるのは苛立ちだ。 どうせ事が起きるのはイオンは死んだ後だからなのか。漠然とした気持ちに一点、身の内に投げかけられた良くない考え。今まで結局は自分のわがままに付き合ってくれたのに、今になって拒絶されたショックにイオンはぎゅっと唇を噛んで、込み上げる涙と溢れるように出てきてしまいそうな詰問の言葉をやり過ごす。 持って行くための墓場はすぐ傍らで、だから彼の言葉だってどんなに現実から離れた妄言だろうと信じ難い事実だろうと誰にも言わないのに。それなのに彼は自分を信用してくれないのか! 「…何で」 「……悪い。言えない。イオンには関係ない」 また無表情に戻ってしまったけど、彼の目元は痛ましげに伏せられている。 何だそれは。だったらなんで、イオンの書いたことに懐かしげに目を細め、悲しげに言葉を紡ぐのか。 (ふざけるなよ…) ヴァンやモースに感じた憤りよりも強いものがイオンの目頭を熱くする。 「どうせ死ぬんだから誰にも言いやしないよ。それとも、死ぬから言う必要はないって?」 「………」 「どうしても言うつもりはないんだね」 「………」 詰るつもりで言ったにも関わらず、傷ついた様子を僅少見せながらも甘受している少年の顔を、力の限りひっぱたきたかった。でも、前が見えない。 「どうして言ってくれないの。それくらいは教えてくれるだろ?」 胸が苦しい。息が乱れ始める。けれどそれは癇癪を起こした反動だと無視した。様子がおかしいと近寄ってきた少年を制し、詰め寄る。少年の顔が涙で見えない。 戸惑う少年の後押しをするように言う。言ってよ。今更何か言われて傷つく繊細な神経なんて捨てたんだから。 少年は躊躇してイオンの手を握った。暖かい。安堵するように息を吐くと、喉が詰まった。何かが出そうになって、息を殺し、手を握り返して少年の言葉を待った。 「…だってお前、もう諦めてる」 イオンの体が強張った。粘り気のある汗がじとりと沸く。 「生きることを諦めて、それを理由にして後のことばかり考えて、それで潔いと思ってんのか」 手が離れる。ぬくもりが途切れる。 言い捨てて堪えられなくなったのか、少年は逃げるように部屋を出た。途端に、イオンは膝から崩れ落ちて糸が切れたように咳き込んだ。喉が切れたのか臓腑がやられたのか、口に宛がった手の隙間から真っ赤な血がごぼり。拍子を取って床を打つ血をやや呆然と見て、投げつけられた言葉を頭の中で反芻する。 もう諦めてる。 今のイオンの有り体はまさにそれだ。けれど、治る見込みのないこの咳き病みをもてあまし、一体自分にどうしろというのだ。血反吐の斑を見て、そして、少年の出て行った扉を睨む。 血溜まりの中に涙をひとつ落とし、ようやく透き通った視界で呟いた。 「だったら、」 僕にどうしろって言うんだ。 PR