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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

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最上の愛と罵倒を

TOA:逆行だけど立場逆転かあやしくなってきたルク

↓続き
ドSな被験者イオン様の独壇場小話そのろく
お互いの意志疎通が上手くいってないかんじ。
妙な咳が続く。旨に何か詰まっているようで、それを吐き出したいのに、出てくるのは無駄に消費した自分の呼気ばかり。
ああ、ついに来た。
まだ時間がある。さっさと構成情報を抜くように指示をしなければ。


「ヴァンを呼んでください」


恰幅のいい、良すぎるあの大詠師に遣いを走らせる。心配する振りだけして、この生意気で忌々しい導師はいつ死ぬかと下心が透いて見える目を向けられるのは、正直まいっていた。さっさとレプリカを作って面倒を押し付けたい。
憎めばいい。被験者として据え、個を見もしない周囲を。身勝手な願いで自分たちを作った被験者を。利用するためだけに自分たちを生かす世界を、預言を。熱っぽい体を椅子にもたせ、目を閉じる。
自分のこんな姿を見せれば訝しげに眉を寄せる、補佐役の子供が今この場にいなくて良かった。そういえばあれもレプリカだが、らしくないレプリカだった。
最近火山の方へ足しげく通い、比較的強い魔物を相手取ってガルドを荒稼ぎしているようだ。刷り込みも施されていないにも関わらず、やけに老成された自我を持つ例外的なレプリカ。導師の仕事にあまり役立つことのない名ばかりの補佐役であるが、慰問訪問にいつも付き従って、下手をすれば守護役の面目が立たないほど立派な護衛と化している。
オリジナルの手を離れ、オリジナルの意志を離れ、己の知識を活かして己の意思で誰にも左右されることなく生きている。なんて羨ましい。なんて妬ましい。預言に囚われているイオンとは雲泥の差だ。
無いもの強請りだと気づいたイオンはため息を吐いて目を開けた。足音。我が物顔で教団を歩く誰かの。


「失礼します導師」


神託の盾騎士団主席総長、の。


「ヴァン、時間が惜しいです。フォミクリーは動かせますか?」


ならばさっさと終わらせなさい。
すぐにでもとヴァンは表面上だけ恭しく頭を下げ、退室していった。
アリエッタはここに呼ばない。イオンを\導師として以上に慕ってくれているのは知っている。イオンが死んで、他の、同じ顔をした別人が導師と呼ばれ敬われると知ったとき、彼女はとてもつらい思いをする。レプリカイオンが導師になるのと前後して、彼女を解任するつもりだ。それもこれも彼女を思えばこそ。


(……いいや、)


本当は違う。彼女のことを思っているなんて嘘だ。本当は、本当は、彼女をレプリカの側へやりたくないという、とても自分勝手で子供染みた底意が胸の中を渦巻いている。


(ああ、そうか)


イオンは同じ顔をしたレプリカにアリエッタが笑いかけるのが嫌なだけ。優しく不器用なあの少女を取られたくないだけ。思い至ると、真っ黒でどろどろしたものが胸臆を席巻するのを自覚する。自分と同じ顔の別人とアリエッタがいるところを想像するだけで、心臓が針金でぎりぎり締め上げられるように軋む。目を逸らしたかった醜い感情が溢れる。
なんてことだろう。
イオンは恐怖した。足音もなく後ろから迫る死の存在に、確かに恐怖した。
いつだって死んでも未練はないと虚飾に満ちた自分を見ないふりして嘯いた。鍍金が剥がれる音が耳元で弾けた。
ああ、と顔を覆う。
アリエッタを渡したくない。同じ顔の、紛い物の人間がいるなんて吐き気がする。自分の与り知らぬところで自分の顔が導師として更に触れ回るなんて嫌だ。
死にたくない、死にたくない、死にたくない。死にたくなんか。


「死にたくなんか、ない…っ」


みっともなく声が震える。その震えが伝わるように。腕や足や、その内身体全体が小刻みに揺れ始めた。抱えた腕を掴んで、椅子の上で背を丸める。
部屋は静かだった。


「イオン…?」


顔を上げる。鼻から上が隠れる仮面をつけたままの子供、いや、少年がいる。やはり、怪訝そうに。


「アッシュ…」


見られた。見られてしまった。聞かれてしまった。己の弱いところを。己のひどく弱く、柔らかな心を。
この少年といるときはおちゃらけて彼をからかっていたのに、今になってこんな醜態を見せてしまった。あと少し、あと少し、イオンが死ぬまでの間だけは虚勢を張っていないといけなかったのに。


「お前、死ぬ気か?」
「…預言にはそう詠まれている」
「死にたくないのか」
「僕は自殺願望なんかない」
「だったら生きればいい」


そんなの無理に決まってる!イオンは爆発するように叫んだ。
イオンの生きていい時間はもう少ない。身体の調子も芳しくない。予兆は既に形となってしまっている。イオンの死んだ後のことまで決まっていて、自分とそっくりな憎い人形が据え置かれたその後に、そして人々が人形をこう呼ぶのだ。導師イオン、と。


「僕は死んでもどうも思われない。ヴァンやモースは精々使い勝手の良い人形を効率よく使うことしか頭にないだろうさ!誰にも知られず煙みたいに消えるような死に方、僕は嫌なのに、なのに!」


激しく咳き込む。背中に伸ばされた手を自棄気味に叩き払った。
この預言に知られていないレプリカは、預言から逃れる困難さを知らずに、いとも簡単に言ってくれる。生きればいいと!
胸が苦しい。血でも吐くように叫んで、頭が熱くて涙が出そうなのに目はひどくかわいている。


「レプリカにイオンの名前をやるのは嫌か?」
「ああ、嫌だね。レプリカなんて死んでしまえばいいっ!」


目の前にいる少年もレプリカだと知って、敢えてイオンはそう言った。幻滅して、早く見放してくれと挑戦的に睨む。腹の立つことに、少年は静かな面立ちをしたままだ。


「レプリカは嫌いか?」
「嫌いだ!利用されるためだけに増産されるのなら、そんなの物と一緒じゃないか!人形みたいに何もないくせに、刷り込みでしか自分を作れないくせに!」
「じゃあ、俺も?」


ぐっと喉が鳴る。吐き出そうとして喉元を駆け上った声を、首を絞められて止められた気がした。
このレプリカは違う。オリジナルはきっと彼の存在も知らないだろう。生まれて利用される前に逃げ出して、人間と遜色のない生活を送って、それを物と一緒だと切り捨てるには、イオンはあまりに彼と一緒にいすぎて、そして彼のオリジナルを知らなさすぎる。彼を物とは、断じられない。


(恨めしい、嫉ましい)


イオンの葛藤を知ってて言うのなら、とんでもない性悪だ。けれど睨んだ先の目に浮沈する悲しみと期待と不安を見つけて、イオンは泣きそうになった。


(ちくしょう)


彼は感情のない人形なんかじゃない。イオンがレプリカは嫌いだと、物と同じだと言うのに悲しんでいる。お前なんか要らないのだと言葉を投げつけられることを怖れている。そんな感情を如実に宿らせる目など、見たくなかった。
罵ろうとしてその役を失った、開いたままの唇を軽く噛む。


「…アッシュ」
「ん」
「ごめん。言い過ぎた」
「ん」


口にした言葉を即時撤回するような責任のなさがどれだけ周囲に影響を与えるか、子供が担うには重過ぎる責務を要求される導師をしているとよくわかる。だからイオンはレプリカの存在を否定した言と気持ちを取り消そうとはしない。それは確かにイオンの本音で、彼もレプリカとして否定されたことに対してイオンを責め苦を負わせたりはしなかった。
それがひどく苦しい。
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