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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

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最上の愛と罵倒を

TOA:逆行だけど立場逆転かあやしくなってきたルク

↓続き
ドSな被験者イオン様の独壇場小話そのご
グランコクマでニアミス
アリエッタが泣いている。泣き叫んでいる。みんな死んじゃえ、お前たちなんてみんな死んじゃえ!
アリエッタは今年で十三歳だったか、魔獣に育てられ、情操を育むには些か拙い環境にあったせいか、年の割りに感情を抑えるのも伝えるのも稚拙で、罵倒も何だかいじめられて混乱した子供の癇癪にしか見えないのだが、一生懸命に言葉を選ぶ様はとても好ましい。故に、イオンはアリエッタが大好きだ。けれど、ここはダアトではなくグランコクマで、しかも即位祝典最中の王宮。年端も行かない少女に罵られ、大人気なく怒気もあらわにしているのはどこぞの貴族。声高に罵声を浴びせるには、場所も相手も悪い。
補佐役として、その実アリエッタのストッパーとして連れてきた子供に、何やってんだと目を向けると、


(…あれ?)


怒っている。とても静謐に見えたが、遠目に見ても怒っている。といっても顔を見せられないからと鼻まで隠していて、口元しか見えないけれど、それでもわかるほどにはイオンと彼の付き合いは浅くない。


「どうした」


うら若き皇帝はどこか面白そうにそちらを見た。精悍な顔つきなのに何か期待しているような目をしているのをうっかり見てしまったのだろう、死霊遣いと悪名高い佐官が悩ましげに顔を覆うのを見たイオンは、この国の行く末を刹那だけ危惧した。


「アッシュ、アリエッタ、何をしているのです」
「イオン様ぁ…」


不恰好な人形を抱いたアリエッタの後ろで、子供はゆっくり膝をついた。


「ここはダアトではありません。それはあなた方も知っているでしょう?一体何が、」
「導師はずいぶんお優しいですな。ただ、部下の統率と甘やかしを履き違えているようですが」


このような子供と、顔を隠した無礼者が側仕えなど、導師の人事采配もたかが知れている。
何だこいつは。イオンは隠しもせずに眉をひそめた。一介の貴族如きが(実が伴っていないとしても)ダアトの最高指導者になんて口を利くのだ。アリエッタは理由もなくイオンの不利益になるようなことは絶対にしないだろうし、これはこちらに非があるわけではないようだ。しかし騒いで良い理由にはならない。
それとは別に、嫌われても仕方ないことばかりしていたイオンのために、あの子供まで怒ってくれたのが、イオンには嬉しく思えた。
件の貴族に導師を明らかに愚弄され、アリエッタの目が殺意に切れ上がった。口の中で詠唱を始めようとするアリエッタに、イオンはぎょっとした。このままではグランコクマの王宮、しかも皇帝の目と鼻の先でダアトが宣戦布告をすることになってしまう。キムラスカと緊迫状態にあるグランコクマと、せっかく中立の位置を保っているダアトが戦争などしてしまえば、キムラスカが黙っていない。和睦を正式に申し入れようが恐らく仲介国として口を出してくるだろう。今均衡を崩すのはどう考えてもまずい。


「やめなさいアリエッタ!」
「だってイオン様!」
「止めろアリエッタ」


害意に一時遠のいた涙でまた濡れ始めた目で、アリエッタは、何で、と膝をついたままの子供を見る。ひとまず思いとどまったアリエッタを一瞥して、子供は玉座を見た。面白そうに静観している皇帝を見て、朗々言葉を尽くす。


「御前お騒がせして申し訳ありません、皇帝陛下。身の程を弁えず場を乱した責はどうか、私一人めに」


罰せられるつもりなどないくせに、よく言う。イオンは内心毒づく。


「よい。いや、寧ろこちらの落ち度だ」


厳しい目で貴族を見、一転気さくな顔で皇帝は笑う。


「その様子では少なくとも、そちらの導師守護役の怒りは当然だろう。導師を侮る言動は今し方こちらも聞いた。何より導師の言を遮る行為は不敬に当たろうな。ダアトは我が属国ではなく独立している。礼を失したのはこちらだ。即刻、この場に似つかわしくない者は出て行かせよう。すまなかった。補佐役殿も顔を上げてくれ」


子供の頭がゆっくり上がる。体を起こして、すぐにイオンとアリエッタの後ろへ、紛れるように音もなく下がった。
退室を促される貴族の忌々しげな視線をいなし、イオンは改めて玉座を見た。
先帝は話で聞く限り、ホドのときと言い、力押しや暴政悪政が印象的だった。未だに玉座に収まっていたなら問答無用にアリエッタの首が文字通り飛んでいたに違いない。けれど、この皇帝は違う。鷹揚に笑っているが、人をよく見ている。人を見る目はさておき、きっとその目が民や町の状態に向けられれば、そして相応の施政をすれば、慕われるだろう。


「ところで導師、そちらの都合が悪ければ答えなくても構わんが、訊いていいか?」
「答えられることなら」
「そこにいる補佐役殿の風体は何がしかの理由でも?」


イオンはちらりと後ろを見る。
頭髪も目元も隠していれば、いくら子供の体格をしていたところで相手の警戒を誘う。イオンはこの子供の顔も本当の髪の色も知っているし、キムラスカ国で著名なファブレ公爵の子息を誘拐したと疑いをかけられたことのあるグランコクマも、目立つその容姿には敏感なことだろう。下手を打ってダアトに誘拐疑惑でも疑われたら、たまったもんじゃない。
さてどうするか。


「どうする?」
「どうするも何も」
「正直にレプリカですとか。もしくは補佐役の顔は僕しか見ちゃいけないとか…」
「もっとましなこと言え」


アリエッタが不思議そうな顔をして首を傾げるのを、笑ってその頭を撫でた。


「近頃僕や僕の周りに取り入ろうとする不義の輩が目立ちましてね、顔が割れて脅されでもしたら面倒でしょう?それに、不慮の事故で彼が死んでしまっても誰かに同じ格好をさせれば気取られることはありませんから」
「使い捨てると?」
「まさか。彼は有能です。捨てた後に拾われでもしたら癪ですから、使い物にならなくなるまで手放しませんよ」


それを使い捨てというのだが、そんな齟齬はどうでもいい。要は、イオンが死ぬとされる一年後まで、愉快なことを提供してくれる者がいないと、預言に殺される前に退屈で憤死しそうだということがイオンにとって一番の気がかりなのである。
退屈は嫌いだ。預言とそれを妄信する人間の次に嫌いだ。
アッシュ死んじゃうの? とアリエッタが不安げに子供に訊く。
死ぬのは僕ですよアリエッタ。
彼女がもしかしたら泣いて、泣きすぎて死んでしまうかもしれないので、イオンはぐっと鉛を飲み込むように言葉を呑んだ。それは、確かに恐怖だった。
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