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- Date:2024年11月23日
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ジャンル無差別乱発
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白く清廉な印象の、小さな子供。ルークの肩ほどしか背が届かないような子供が、一国の主に相当する責任を持つのは、やはり無理なのか。
今にも倒れそうなほど色のない顔色でふらついてる子供を見るのは、例えばゲームの設定したキャラクターだろうと胸糞が悪くなるものである。同じように、ゲームのキャラクターとわかっていても、腹の立つ者だっているわけで。
さて、この偉そうにしている中年顔の男を、どうやって絶望に叩き落とそうかと、ルークはにやりと笑った。
とりあえず初対面のつもりなのだから、それに準じた挨拶をくれてやらねばならない。
「はじめまして立派な髭の人。どうせアンタもルークの知り合いだろうけど、まあ言わせてくれよ。俺はアンタみたいな老け顔なんか知らねぇんだからさ」
バチカルを出る前までは確かに、鬱陶しいほどの敬念と憧憬の眼差しを向けてきたはずの弟子のあまりの変わり様に、血の気の引いた顔でよろめいたヴァンを睥睨して、そんなに楽しめなさそうだと、ルークは些かがっかりした。
ヴァンがアクゼリュスを崩壊させようとしていると、鮮血のアッシュが血相を変えて第十四坑道へ駆け込んでゆくのに、ジェイドたちもそれを追った。
(性格が破綻する前の)ルークのヴァンへの傾倒ぶりは度が超えたもので、本当にヴァンの言いなりになる可能性もなきにしもあらずだが、それは以前の話。今は寧ろヴァンの精神状態が危惧されることを、恐らく足早に先を急ぐアッシュは知る由もあるまい。そしてそう考えられるまでにルークの破天慌な所業や、自由すぎる蛮行に慣れてしまったという事実は、あえてその判断に加味しない。
とにかく早く彼らの元に行かねば、最近ブレーキが効かなくなってきたルークの責め苦に、ヴァンが廃人になりかねない。別に廃人になってもかまわないが、画策していることがことなだけに物的・論的証拠と自白を携えて国に判断を仰いだ方が良いのだろう。ルークに毒されてしまい、なかなかにえげつない思考に走るのは目を瞑って欲しいものである。
未だ心の奥底で兄と師と慕っているティアやアッシュの心境はさておき、ジェイドはそれだけが気掛かりだった。
そしてジェイドの危惧は、杞憂のそれにとどまらなかったのである。
「もう一回言ってみろ? 今なんつったよ、この老け顔が」
…ああ。
ジェイドは思わず瞑目した。もちろんヴァンに対する黙祷のつもりで。
へたれこんでいるイオンの傍で、ルークがものすごくイイ笑顔でヴァンを縛り吊るしている。蓑虫のように荒縄でぐるぐるに巻かれているヴァンの首を爪立てながらひっ掴み、そのままぎりぎりしなるまで締め上げているようだ。
縛るその縄はどこまでも上へ続き、まともな光源もないセフィロトの中でその先を見通すことなど、例え『見通す人』の称号を持っているジェイドとて完全に畑違いであった。
人の為せることではない暴利に、また無駄なハイパースキルを使ったのかと遠い目をしたガイを見て、ジェイドは何とも言えない気分になった。
「人のことをいきなり『愚かなレプリカ』呼ばわりしくさりやがって、貴様何様ダンディズム気取った老け顔様ですか? 面白い眉毛と髭しやがって、なに、お前お笑いでも始める気? 全世界を笑いで席巻する、それがお前の野望か!」
いや、絶対違うと思う。それだったら別に害ないし。
そんな恐ろしい野望を果たさせてなるものかァァア! とよくわからない使命感に燃えているらしいルークは、目にも止まらぬ勢いでヴァンの髭を毟る。眉毛も毟る。ついでとばかりに結った髪を豪快に引っ張ったがさすがにできなかったらしく、舌打ちして抜いた眉毛や髭をヴァンの口に放り込んだ。弟子の凄まじい変貌に諫言も反論の言葉も出ないヴァンは、眉毛が抜かれた痛みに悶絶してのたうっていた。
うわあ、気持ち悪い。
アニスの低い声を否定することができないのか、ティアも困った顔でそれを見ている。
「気が済みましたか、ルーク」
「いんや、全く。全然。これぐらいで音をあげちゃあ、ラスボスに相応しくぬぇーな。見込み違いもいいとこだぜ」
「お、前…ヴァンが怪しいと気づいていたのか」
アッシュが僅かに呆然として尋ねた。彼にとって、ルークはヴァンを妄信していると思っていたのだから。
しかしルークはアッシュを見て顔をしかめ、苛立たしげにヴァンを殴った。拳がボディに入ったヴァンはむせかえり、千切れた髪を撒き散らしながら咳き込む。
そのとき、セフィロト全体が大きく揺れ、崩れ始めた。
縄が切れたのか、頭から堅い床に落ちたヴァンは、それでも何とか荒縄から這い出し、ティアに第二譜歌を歌うように言葉を残し、騒ぐアッシュを無理に連れてセフィロトから姿を消した。
「みんな、私の周りに集まって!」
イオンを助け起こし、おのおの急いでティアの周りに寄っていく一歩外で、ルークは崩れ去るパッセージリングを見上げていた。
「ルークっ?」
「ん、ちょっと待って……………もういいや」
一瞬小さなパネルが浮かび消えた。
ルークがティアの元に着いた途端、足場が大きく崩れた。
セフィロトが、アクゼリュスを巻き込んで墜ちてゆく。
深く、深く、深く………
「………それでこれは、一体どういうことなんでしょうね」
意図せずして呟かれたジェイドの言葉を、誰しもが答えられないでいる。ジェイドもジェイドで、いつもの冗談のように事態を軽んじることができなかった。
触れたら死んでしまう毒に満ちた泥。そこで助けられなかった子供。運良くタルタロスが見付からなかったら、あの子供の二の舞いを踏んでいたろうことに恐怖で体がかたまる。
「何千という命が、一瞬で消えてしまいましたわ…」
ナタリアの震える声が、甲板をむなしく叩く。
ルークは自然輪になったジェイドたちから少し離れた場所でコンソールキーを叩いていた。
「何で、こんなことに…」
ガイが青褪めながらこぼす言葉にも、ルークは動じた様子さえない。一心不乱にパネルを流れる文字を追い、嘆息するように息を吐いた。
「っ、ルーク! あなたは何とも思いませんのっ? アクゼリュスが、住んでる人と共に落ちたんですわよ!」
そして住人がどうなったかなど、先刻見たあの子供で察するに充足である。もしかしたら、あそこに沈む前に瓦礫で潰えたかもしれない。何にせよ同じ光景を進んで見ようとする物好きはいないだろう。
ルークはいきりたつナタリアを静かに見返し、考え込むようにして顎に手を宛てがう。取り乱しても見せないルークにアニスは堪えきれなくなった風体でナタリアに訴えた。
「無駄だよナタリア、だってこいつは、アッシュの言った通り、アクゼリュスを落としたかもしれないんだよ!」
「え、あそこ崩れたのって、俺があの老け顔いびってたせい?」
「………」
それは違うような気がする。
ようやくパネルを消したルークにジェイドは訊く。
「何かわかりましたか?」
「何も。ただ、あの子供があそこで死んだのは必要なことだったと思うぞ」
肩をすくめ、薄らと穏やかに笑むルークは、まともに子供の死を悲しむティアたちには受け入れ難いものだったに違いない。
彼女らが口を開く前に、ジェイドはルークに再度問うた。
「それは何故です」
「あの子供を助けようとして泥の中に飛び込もうとしたのを、そこの女の子が触れば死ぬと止めたからさ。見た目気持ち悪いけど、危険なものとは思わなかったろ? あの子供を見るまでは」
注意を喚起する前にお前らの誰かが落ちるのは防げただろ、とジェイドを見るルークに、背筋がぞっとした。唯一あれの危険さを知っていたティアも、ルークの無機質な目に打ち震える。
優しげな色に隠された嗜虐性が剥き出しになったそれは、デオ峠でリグレットに出来損いと言われたときの目によく似ている。笑いながらリグレットを叩き伏せ服をひん剥いて、足蹴にしてガイが止めるまで懇々と『出来損い』の定義についてを並べた、改めてルークの恣意的な暴力を認識して怖れたあのときのそれと。
「後はあのデコが敵になるか味方になるかで、必要な人間がわかるさ」
その知らないところでデコと貶められたアッシュは、ヴァンから逃げてきたのか、予想よりも早く、ユリアシティで罵声の付属品をおまけに再会した。
「眼鏡、レプリカって何」
「レプリカとは、特殊な技術でものの構成情報を元に作られたコピーです。この世に自然の摂理で生まれたものは、通常第一から第六までの音素で構成されていますが、一方レプリカは第七音素のみで構成されます。そのせいか音素同士の結合が緩く、本体から切り放され形状の維持ができなくなった場合において、結合が解かれ、空気中の音素と同じく可視できない本来の状態に戻ります。これを乖離と呼びますが………聞いてますか?」
「わー、切ったら消えるとか、手品? うわ、おもしれー」
ルークはアッシュが抜いた刀をぶんどり、髪をざくざく切っていた。切った先から消えていく髪を見て、大層ご満悦な様子で笑っている。
「ふぅん。じゃ、お前が本当のルーク・フォン・ファブレ?」
下手な散髪に勤みながらのおざなりな対応に業を煮やしたのか(普通は怒る)、アッシュは抜き身の剣を持ったルークに掴みかかった。ルークは、うわあぶねお前人が刃物持ってるときにいきなり動かすなって親に習わなかったわけ? と十歳の頃より親と引き離されていたアッシュの傷を平気な顔で抉っている。
「お前は! 俺のレプリカだ! 本物のルーク・フォン・ファブレじゃない!」
「うん、だから?」
「お前ちったぁ罪悪感とかないのかよ!」
「何で俺がお前に申し訳なく思わなきゃなんぬぇーんだよ。ふざけんなクズが」
「てんめぇぇえ!」
ルークの迷惑この上ないと言わんばかりのしかめっ面と、憤死しそうなほど怒り狂ってるアッシュの顔は、とてもよく似ていた。ああ本当にルークは公爵子息のルークじゃないんだなと思う頭の片隅で、何故か二人がレプリカとオリジナルの関係だと受け入れられない。怒髪天を衝いているアッシュを煙たがり、あしらうルークのその所作が、そのような印象を全く与えないのである。
中身がこの世界のルークですらないからだろうか。それを知ったら、アッシュはどんな顔をするだろう。
「だーもう、うるせぇ! じゃあお前は今からルークと名乗れ! それで文句ねぇだろ!」
「そういう問題じゃねぇんだよこのクソレプリカ!」
「じゃあ何だよ! お前俺に何して欲しいんだよ、ほら言ってみろっつーのアァン?」
チンピラごろつき盗賊も真っ青な絡み方に、誰だルークにこんな悪影響を与えたの! とガイが涙ぐんだ。旅が始まってからは当然こいつだろうとジェイドに視線が集まったが、今あるルークは異世界産らしいので、その責任のありかをここにいる人間に問うことはできない。
「大体、お前の親不信をヴァンに付け入れられたのが落ち度だろうが! その分じゃルークがアクゼリュス崩壊と一緒に死ぬって預言も知ってたんだろ! てめぇも老け顔と同罪だこのチキン!」
あれ、今なんか重要なこと言ったよこの人。
顔を真っ赤にして反論するアッシュを生温い視線で眺めながら、ジェイドたちは街の目と鼻の先でとどまり続ける。
一体、いつになったら街に入れるのだろうとそろそろ彼らの喧騒に飽きてきた辺り、ルークに鍛えられた強かさが確実に身についていると実感するのであった。