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- Date:2024年11月23日
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ジャンル無差別乱発
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ルークは珍しく苛立っていた。
いや、苛立つことのそれ自体はさして珍しくも何ともないのだが、その苛立ちを発散できずに腹の内でぐずぐずと燻らせていた。
つい先程まで共にいた、いざるを得なかった、味方でもなければ敵でもない中途半端な立ち位置を選び、結局元の名前を選ばなかった男のせいだ。何かあればすぐに劣化レプリカと罵り、クズと罵り(あまりの頻繁さにいっそ鳴き声かと嗤ったほどだ)、あまつさえこちらを所有物扱いしてきた痴れ者だが、忌々しいことにあの顔は兄の幼い頃と同じ顔であり、ひいては今の自分と同じ顔である。自分の顔が苦痛や屈辱に歪むという希少体験を経たルークであるが、あんなことはそう何度も体験したいと思えない。しかしあの偉そうな老け顔の目的を、こちらが促さずとも勝手に調べて報告してくれる体の良い手駒だ。迂濶に再起不能にしてしまえば結果的に困るのはルーク――否。世界を救うという大層高尚な目的を掲げていらっしゃる、この団体さんなのだ。
とりあえず奴のあだ名をチキンに確定し、うさばらし程度にザレッホ火山に引っ掛けて蒸し焼きにしてみたり、奴が薄着のときを狙ってロニール雪山の最頂に放り込んでみたりはしたが、なかなか芳しい結果が得られない。
更には婚約者のナタリアを筆頭に苦情が相継ぎ、こぞってオリジナルというだけで庇い立てするものだから、フラストレーションが溜る溜る(別にルークは差別を潔癖なまでに否定をするつもりはないが、生まれ持った性質に対してとやかく言われるようなことを差別に分類していない。だってそんなの、本人どころか誰に文句を言おうが、栓ないことじゃないか)。なのでちょっとした意趣返しにナタリアとガイへ、七年一緒に過ごして奴とルークの相違に気づかない程度には目が濁っているのだとあげつらうと、可哀想なほど青褪めた二人が見られた。ルークはそれに少し溜飲を下げると、 「次は精神異常起こさせるぞこの野郎☆」 と捨て台詞を吐いて、ミュウにティア対応の罵利雑言を教えるために部屋へ引き上げた。それ以来、あの二人は少しだけ大人しい。
後はトクナガを指先くらいの大きさにしてみたり、ティアが譜歌以外の譜術を使おうとするとロッドから血が滴るように設定したりして、何とか笑いに飢えている心の口に糊で封をしていたが、それも倦怠期が来てしまうまでの短い間しか通用しない。
だから、次の行き先であるグランコクマには、とても期待している。最近被害がないからとすっかり油断して、調子に乗ってまた不敬をし始めたジェイドを名代に選んだ、賢帝と名高い噂のマルクト国皇帝。彼はどれだけ面白い反応を返してくれるのか、非常に楽しみでならないルークであった。
しかし、意外性のある人間という名の伏兵が存外傍にいることを、ルークはまだ知らない。
テオルの森で、ガイがルークに斬りかかった。手のつけようもないほど性格の悪くなったルークを飽きもせずにたしなめるくらいにはルークに傾倒しているガイが、だ。
皆は思った。
ついに度重なるストレス値がガイのキャパシティを振り切ったか、と。
ルークに戦う術は、表向きないことになっている。刀はいつぞやに質屋へ売り飛ばし、譜術も使えない。反則な力を持ってはいるが、俊敏を誇るガイの速い剣をしのぐことは、やはりできなかったようである。
前から現れた六神将に気を取られ、後ろから無防備な背を斬りつけられたルークを見たとき、これで世界が平和になったら良いのになぁ、と本人が聞けばブウサギの糞まみれの刑に処しそうなことを思わないでもないが、やはり世界はそんなに簡単でも甘くもないようだ。
たたらを踏んで前のめりの姿勢で踏ん張ったルークは、 「いってぇな、このペド野郎!」 とミュウにアタックをさせた。ガイが体をくの字に曲げて吹っ飛ぶ。ルークの影響か、ミュウの技がだんだんと切味の鋭いものに変わっていくが、恐らくミュウは大事な主人の役に立てるのならと健気に頑張った結果なのかもしれない。主人の危険さに早いところ気づく日が来て欲しいが、それが来る兆しすらまだ見せていないのがとても残念である。
純心なイオンが 「ペド…?」 と首を傾げていたが、その疑問を浮かべた目をこっちに向けないで欲しい。皆必死にイオンから目をそらし続ければ、イオンは不思議そうにしながらルークを見た。
「大丈夫ですか、ルーク」
「ああ、サンキューなイオン。ったくガイのクソ野郎、ナニ擦り潰して不能にすんぞ」
ルークは周囲の空気を無視してスラングだらけの罵倒をガイに浴びせる。その背は血の一滴、傷ひとつどころか汚れひとつだってついていない。倒れているガイ(もしかしたら肋骨の何本かは折れているのかもしれない。すごい音がした)の手元に転がっている剣を見れば、刀身は何故か丸めたチラシだった。どうやって柄についているのだろう。
「さてウザイ過保護者は消えた。次は貴様の番だ木偶の坊」
無傷のルークに唖然としていたラルゴだが、生え抜きの六神将である自分を木偶の坊呼ばわりはプライドがいたく傷ついたらしい。手に持っていた大鎌を振り被り、あわや今度こそ世界が平和になるんじゃないかと同行者一同にささやかな希望を持たせたが、ルークがにやりと酷薄に笑って 「コンバーション」 と呟けば、ラルゴの武器は大量のチラシに変わってバサリと散った。
足元に舞ったチラシに目を向けると、ジェイドとヴァンのあはんうふんおホモだちな………
「イオンさま見ちゃ駄目ぇぇぇえええ!」
アニスが全力でイオンの目前に手をかざした。その間にナタリアとティアが類を見ない連携で、チラシを集めて燃やす! 集めて燃やす!
ガイの刀のチラシもよく見ればそれで、柄ごと火にくべる。
「ルーク! あなたは、あなたは…っ、なんてはしたない!」
「こういう下劣な奴は下層の娯楽になるんだよ。お貴族様にはわかんぬぇーかもしれねぇけどさ」
あなたもお貴族様ですという突っ込みは、誰も入れない。こんな愉快犯が未来のキムラスカ国王だなんて、やはり世界は滅んだ方が良いのだろうか。
世を儚んでいたり、ラルゴが顔を紫色にしたり、運悪くシンクが余ったチラシを見て顔を土気色にして木から落ちてきたりしている内に、街の方からたくさんの足音がした。ルークはシンクに 「土産にして髭に見せてやれ」 と真顔で言ったが、ふざけるなと叫んだシンクはチラシをびりびりに引き裂いて、胃を押さえたラルゴと共に姿を消した。敵の身でありながら、彼らの夢に出て来ないことをつくづく切に願う。でないと彼らが病んでしまうかもしれない。
やってきたマルクト軍将軍に事情を説明して、先にガイにかけられたカースロットというダアト式譜術を解くことにした。そこらへんに放っときゃ勝手に起きるだろというルークの無情な意見は当然なきものにされ、将軍は仲間ではないのかと胡乱げにこちらを見遣った。
ガイは仲間です。仲間っていうか、同じ被害者です。ルークは加害者っていうか…悪魔? 魔王?
そう訴えられたらどれだけ良かったろう。けれどアニスたちは、まだ死にたくはなかった。
「俺はマルクト人なんだ…」
「ふぅん。あっそ。で?」
ガイの身を切るような告解にも、ルークは何とも冷めた反応だった。だから何だと尊大に鼻を掘りながら言うルークに、ガイは悲しいようなホッとしたような、微妙な顔をした。
もう少し興味を持ってあげようよ。アニスは思う。ジェイドも苦い顔だ。
「公爵に生家を滅ぼされて、自分がひどく絶望したから、だから公爵家を滅ぼして同じ目に合わせたかったから、なに? これからお前はどうしたいんだ」
「それは…」
「どうせ、復讐なんて実にならねぇことやめちまえとか言っても、何も知らない癖にとか言うんだろ? つか、公爵って軍人でいい年こいた大人なんだから、きっと俺やあのチキン甚振り殺してもきっと、お前と同じ気持ちにはならねぇと思うけどなぁ…それでも殺したい?」
うつむいて懊悩するガイだけが知らない。ガイが苦しげに顔を歪ませるたびにルークが嬉しそうに笑うのを。ルークの不謹慎な発言を怒りかけたナタリアでさえ、一歩身を引いたほどだ。
「……なあ、ルーク………」
「ん」
「一緒に行っちゃ、いけないか…?」
「………あー、そうくるか。でもほら親友(仮)、あー、ガイラル…えーとGがいっぱいつく…俺自分の命が惜しいからさ、」
「別に無理してお前の近くにいさせてくれなくていいからっ!」
「何でこんな必死なんだよクソ、めんどくせぇな…わけわかんぬぇー」
「わからなくてもいい。俺はせめて、親友(仮)から(仮)が取れる程度には、俺を知って欲しいだけだから…」
「や、別にいいし。つうか、あまりに危機感覚えるようなら先手売ってお前をいろんな意味で下半身不随にしちゃうことになるかもしれないし」
すげないルークの過剰防衛宣言に、ガイは顔をしかめた。片やティアやアニスやジェイドは、かつてないほどの情熱を語り始めたガイに、少々どころか大いに心の距離を感じていた。
出生を明かし、しがらみがなくなったガイは包み隠さずその執着を開けっ広げにし始めている。これにはルークも予想外で、熱弁奮うガイを、異様な目で見ていた。言うなれば、手水場にゴがつく家庭的害虫が死んで浮かんでいたのを発見してしまったかのような。
珍しくたじろいだルークは目を泳がせたが、ふいに憮然として言った。
「つか、俺お前にとって知り合い以前に赤の他人じゃん」
「いいんだそれでも! ルークがルークなら!」
「意味わかんぬぇーよ! 橋でも家でもせこせこ好きなモン再興しとけっつーの。どうせお前が爵位のあるマルクト人だってバレたら公爵も国王もお前の首撥ねると思うからな」
寧ろ俺が直々に撥ねてやるという呟きは、布団に突っ伏して 「ルークが反抗期に! 娘に下着を一緒に洗うなとか言われた気分!」 と駄々をこね始めたガイの慟哭に塗り潰されたが、アニスにはしっかり聞こえてしまった。こんなときに地獄耳は嫌になる。
耐えかねたルークが 「うわ、うざっ」 という顔をすれば、更にガイのすすり泣きが音を増し、いい加減面倒臭くなったジェイドがサンダーブレードを落とすまでしくしくと続いた。
その後幾許か、その宿にはいわくつきの部屋があると噂され、しばらく客足が遠退いたらしい。