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- Date:2024年11月23日
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ジャンル無差別乱発
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目に映る景色、目に映る物、目に映る人間、目に映る動物、目に映る力。
知らない景色、知らない物、知らない人間、知らない動物、知らない力。
知らない知識、知らない常識、知らない存在。
自分も相手を知らないし、相手も自分を知らない。
これは一体どういうことなのだろうか。
夜目にも眩いパネルを見ながら、ルークはひたすら静かに思考していた…
ザオ遺跡の時点で、既に彼はなりかわっていた。
特に外見は変わっていないが、六神将の三人と対峙していたとき、大きく目を剥いて俄かにその動きを止めて硬直した後、人格の交代はなされていた。
鮮血のアッシュを思わずといった風体で兄と呼び、自分が今いる場所さえわかっていない様子だった。何にせよ彼らが出鼻をくじかれた隙にイオンを奪還し、混乱していたルークを引きずって改めてアクゼリュスへ向かう際に発覚したことだ。
ジェイドや仲間の目の前で、何の原因もわからないままに、ルークの性格が人格破綻者に一変したのであった。
二重人格の可能性は、幼い頃から面倒を見ていたガイが否定した。そんな気配は今まで欠片たりとてなかったと、それにナタリアも同じくガイを首肯した。
何よりルーク本人が否定したのである。
「えーっと、これは何の観光団体さん?」
そのときから雰囲気が悪くなりかけていた一行で、ルークの言葉に眉を吊り上げたのはアニスとナタリアだった。
子供のアニスよりもよっぽど子供らしいルークに何ぞ思うことでもあるのか、ナタリアは王族らしくないルークに婚約者としてもっと隣に立つに相応しい有り体を望んでか、言葉を飛ばした。
「ちょ、ちょっとぉ! 何よそれぇ!」
「そうですわ、ルーク! アクゼリュスの方たちが苦しんでいるのにふざけている場合ではありませんことよ!?」
「アクゼリュス? そんなところあったか? っていうかアンタら誰?」
「ルークっ? まさか俺たちのことを忘れたんじゃあ…」
「あークソ、うるっせぇな! 俺は知らねぇ奴に名前を呼び捨てられるような気安さを許した覚えはねぇ! 確かに俺はルーク・フォン・ファブレだが、俺はアンタらなんか知らねぇっつうの! 情報開示を求める!」
これにはガイも青褪めた。何せ、それなりに可愛がったルークに今までのガイ自身をないものとされたのだから。
呆然とする人間が多々ある中で、冷たい目でそれを見ていたジェイドがルークに微笑みかけた。
「いきなり混乱させるような真似をしてすみません。しかし我々も、突然我々の知るあなたがまるで人が変わったかのような振る舞いをしたものですから困惑しているのです。我々との認識の齟齬を早く改めるために…、我々に情報を求めるのであれば、もちろんあなたからの情報提供もあって然るべきですよね?」
ルークは胡乱げに目を細めた。ジェイドに値踏みするが如き不躾な目を向けること自体が今までになかった。
しばらくジェイドを睨んでいたルークはふと笑うと、片目を眇めて人をたばかるようにあげつらった。
「アンタは食えなさそうだな…一方的な情報搾取じゃなく、フェアな交換をしたいもんだ」
「では一問一答にしますか。私もそれが望ましいですからね」
寒い。寒すぎる。
浮かべる笑顔の下で吹雪が吹き荒れるのを、当人たち以外は確かに感じた。
所変わって一時戻ったオアシスで、そんな彼らが拷尋も辞さないほど物騒な空気にめげることなく立ち会う中、このルークは音素や預言などの常識を知らないどころか、この世界のルーク・フォン・ファブレですらないことが明るみになった。彼は実年齢がもうすぐ二十代半ばも越える青年で、とある企業の創立者なのだそうだ。この世界でいう譜術も譜術の仕組みもそれに起因する音素の知識もファンタジーの一言で片付け、明日会議があるのにどうしてくれんだ、と横柄に不平を漏らす。俺たちの知るルークはどうしたんだとガイの当然の疑問も、俺が知るかよと取り合いもせず不真面目にいらえを返すルークに、ナタリアもティアも言葉が出ない様子である。
「ところで? 善良な市民捕まえていつまでアンタらはここに拘留させるつもりでいやがるんでしょうね?」
「まあルーク! あなたはキムラスカの次期国王になるのですわよ! その赤毛と碧眼は王族の証なのですから!」
「のわりには、さっきっから全然この顔を隠そうとしてぬぇーよな。ルークを王にしたくない人間が暗殺企てるとか、そんなのがない平和な国なわけ? それかもしかして王族の証ってのは市民にあまり知られてねぇ身内だけの身分証明書みたいなモン? だったらさっきの遺跡にいた男捕まえてそれ王にしろよ。あいつも確か赤毛に緑の目だろうがよ」
兄と間違えたのが余程業腹だったようである。今度会ったらあの紛らわしい髪全部引き千切ってツルピカにしてやる、と不穏に呟いたルークに、突然別人になったようだと、事情が上手く呑み込めないイオンは終始不安げであった。
「ったく、人殺しの剣なんか王族に持たせていーのかよ。何のために軍人がいるんだっつうの。つか護衛は? こんな少人数、集中砲火されたら即死じゃねぇか」
ルークの耳が痛い独り言に、ジェイドとナタリアは顔を強張らせた。
ジェイドはあくまで敵国の軍人で、イオンは体が弱く戦えない上に立場ある身、アニスはその守護役で、キムラスカから出た人員が、罪状軽減のために随行を命じられた他国の軍人と、腕は立つが使用人の立場である人間と、イレギュラーの事態でついてきた王女のみと知ったら、頭が回るらしい彼は一体どんな顔をするだろう。
「んで? さっきの口ぶりじゃアンタら、どっかの街の救助に行くんだろ? こんなところで油売っていいのか?」
「…あなたがいなければ意味がありません」
「状況がわからないな。自己紹介兼ねてお前らのこととバックボーン、それとこんなことになった事情と自分なりの他人の印象を一人ずつ言ってもらおうか」
「最後の、必要あるのか?」
「他人からの人となりを聞いて、アンタらが信用に値するか決める。どうにも人命がかかっていそうで、時間が惜しいようだし」
ガイへ振り向いたルークの目に、冷えた怜悧が光っている。今この場にいる誰もが信用できないと、言葉より如実に体現していた。
別室で聴取のように厳かに話を聞き終えたらしいルークは、一日ここに泊まる提案をした。国の名代であるジェイドや国を任される身であるナタリア、それと些か優しすぎるイオンに真っ先に文句があるのではとジェイドは身構えていたが、意に反してルークは疲れた顔をして、アニスの文句をいなして部屋に早々篭ってしまった。
「捨てられたな」 最後に気になる言葉を言い捨てて。
彼らの、ルークの非常識な行動に振り回される日は、こうして始まった。
一定の長さ以上ある刃物を持つことは彼の世界で禁じられているらしく、真剣を振るったことのない、ましてや動物を直接殺したことのない彼に、今まで所持していた刀はお払い箱になった。
丸腰で戦闘に置かれる羽目になったルークは、しかし無傷で体力を減らすことなくアクゼリュスまで辿り着いた。翌日から、刀が使えなくなった代わりに任意で出現が可能になったパネルやらコンソールやらで、降りかかる火の粉は自分の分だけ払えるようになったのである。彼曰く 「昨日の夜中に突然できるようになった」 代物で 「俺の世界で使うデバイス。俺の職業分野。ふぅん、ここって仮想空間なのかよメンドクセー」 らしい。パネルを忙しげに上下する文字は彼の世界で使われるもので、ジェイドは難しい顔をして黙り込んでいたが、こんなこともできるようになったんだと得意げなルークに眼鏡を宴会用の髭つき瓶底鼻眼鏡に換えられてからは、不用意に彼をからかうことをしなくなった。やれば倍返しで返ってくる。その初撃が可愛いものだと思えるようになったのは、そう時間を置かずしてのことである。
アクゼリュスに着いた彼は濃く立ち込めていた瘴気を嫌な顔ひとつで心得たように一瞥し、コンソールを片時も消さずにいじって、自分を中心に少しの範囲だけの瘴気を消していた。ルーク一人だけずるいと口にしたアニス、態度で咎めたティアやナタリア、控え目にさとしてきたフェミニストを気取るガイを鼻で笑い、ルークは涼しい顔で言った。
「俺のこのオプションは、本来ならなかったものだ。当初の予定通り、自分たちの力でやれ。特にお子様その二、調子の悪い仕えるべき主を差し置いたその態度、守護役とは大層重い肩書きのようだな」
皮肉げに嗤われてしまえば、アニスはもう要請する気も失せた。もちろん納得したからではなく、彼の気に障れば、体重を倍に増やされたり筋骨隆々の体に改造されて街中に放置された今までと同じ轍を踏むといい加減学習したのである。
「じゃあせめて、イオン様の周りの瘴気を払って差し上げたらどうなの?」
ティアのそれも、ルークはすげなく却下した。
「アクゼリュスの被害を下調もせず、確固たる予防策も持たず、のこのこやってきた奴を、何で助けなけりゃいけないんだよ」
「信じられない! イオン様はこの和平に必要な御方よ! それを蔑ろにするなんてルーク、とんだ不敬だわ!」
「…突っ込みたいんだけど、何でキムラスカとマルクトの和平が終わった後の親善に、まだイオンが必要なのか心底わかんねぇ。自分で責任もって和平を見届けたいのはご立派だが、これはキムラスカとマルクト二国間の和平だぞ。イオンに悪感情持つ人間に、キムラスカとマルクトのスパイをしに行ったと勘繰られたっておかしくないんだ。ご遠慮願うはずのアニスもジェイドも止めるどころか助長するし、預言大好き、ユリア大好きのお前らからすりゃおかしくないだろうけどよ、はっきり言って俺には健常者かも疑わしいぜ」
「あなた、自分を何様だと思ってるのっ?」
「お前の偏った意見なんざ知るか。うるさいうぜーどっか行け。えんがちょ」
ルークはルークなりに考えた、この顔触れが必要な理由を、彼らに言う気はまだ一切なかった。
ルークはあまりティアに手を出さない。後々響く理由があるから譜歌も取り上げない。それを勘違いしているのか、他の者の不満も代弁するティアの反抗は、あまり気の長くないルークがいっそよく耐えられると褒めたくなるほど凄まじい。
憤慨したティアの様子を見咎めたガイが懲りずにルークに忠進くれにこちらへやってくるのを見て、ルークは 「次は自称親友様か」 と呟いた。
ここがゲームの中ならば容赦も常識も気遣いもいらない。この体もルークの意識が入っているらしいが所詮他人。他人の人間関係が修復不可能なほど崩れようが、ルークに何の罪悪も感じない。
早くこの地が墜ちることを心待にして、ルークは一人穏やかに微笑んだ。