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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

つぶやきは異口同音に重なった

TOA:逆行ルク

本編(外郭大地編)
イオン視点

いろいろおかしいのはスルーの方向で。
戻ってきたイオンは、心配する周囲の言葉に微笑みながら、隠れて嘆息した。なかなか彼らの意識を変えるのは、骨が折れるものである。


「もー、心配したんですからね、イオン様ァ」
「すみませんアニス。でも、乱暴にされることはありませんでした。色々便宜も図ってくれたり、とても親切にしてもらったんです」
「ですが、それは導師としてでしょう?少々寛大すぎませんこと?」
「イオン様はお優しいですからねぇ」


アニスの、神託の盾騎士団に対する恨み言は尤もだ。けれどイオンだって嘘は吐いていない。
あれから帰ってきた彼は、イオンを甲板に立たせたままだったことをシンクに怒り、さっさと部屋に案内したイオンにタオルと着替えを渡してお茶を淹れ始めた。イオンにお茶を渡すと、まだ湿っているイオンの髪を丁寧に拭いて、それから自分の髪を乱暴に掻き上げて水滴を払っていた。
その間にイオンは彼と少しだけ話をしたのである。


「イオン様?」


いつの間にか表情が顔に出ていたようだ。やはり調子が悪いのではと心配げに覗き込むアニスやティアに、イオンは首を振って応えた。


「あの…僕もアクゼリュスに行ってはいけませんか」


後ろで猛講義をするアニスに申し訳ないと視線を伏せ、ジェイドとルークを見る。ジェイドはイオンの願意を汲むべくイオンから目を逸らさず、ルークが少し眉をひそめている。
遺跡でダアト式譜術を使って、顔色が悪いからだろう。ただでさえ体も弱く、戦闘に役立てないイオンに今回の親善に同行するのは些か苦になるが、それでもイオンは請け負った和平を見届けたかった。彼と交わした言葉の通り、導師として。


「私は構いませんよ。ああ失礼、決めるのは親善大使様でしたね」
「…俺は…」


論ったかのように笑うジェイドに、更に眉を寄せてルークはイオンを見た。
誘拐した相手を親切だと言ったイオンの気が知れないとその目が如実に語る。同じ経験をした身の上、何か思わないと言うのも無理からぬことだ。


「まあルーク、いいじゃないか。アニスもいるんだし、そこまで気にすることじゃないだろ」
「しかし…親善にイオンは…」


関係ない。
けれどそう言えば不敬だと騒ぎ立てる人間が少なくとも二人はいることが散々身に染みている故に、迂闊に軽率なことは言えまい。


「おやおや、ルークはイオン様がいるのは不服ですか?」
「…………」


下手に口先で否定するより余程わかりやすい肯定に、アニスとティアは不機嫌顔になってゆく。


「ルーク…お願いします」
「…自己管理は怠るなよ」


渋面で承諾したルークは苦々しくイオンを見た。
迂遠な気遣いにイオンは笑う。上っ面ではわからない優しさだ。
彼の、彼らの。


「…あ、」


ルークの見事に赤い髪が風に煽られて、その顔を隠す。垣間見た口元が、彼と被る。イオンは目を丸くした。
コーラル城以来、冷ややかになったジェイドのルークを見る目。ジェイドの本当の名前。
本当ならば一種の悲劇だ。
過ぎった嫌な考えを否定で無理に塗り潰して、イオンは既に背を向けているルークの流れる髪の軌跡を目で追った。
もしかしたら彼も、こんな髪の色をしていたのかもしれない。
今は姿のない、敵ではないと言ってくれた青年の冷えた仮面の奥が、今になってとても気になった。






「あの…」
「何でしょう」
「その、敬語とか、使わないで下さると、嬉しいのですけど……」
「………」


青年は椅子に座らせたイオンに紅茶を入れた暖かいカップを渡し、一言断ってから、頭にタオルを被せてゆっくり手を動かした。
やはり駄目なのだろうか。彼も神託の盾騎士団に属する者だから、導師に敬意を払わなければならないのだろうか。
迷惑だったろうか。
困らせてしまっただろうか。
願い出たことを少し後悔して、頭を撫でる指を感じながら目を閉じた。


「……無理だったらいいんです。立場とか、そういうのは仕方ないでしょうから…すみません」
「んー…そういうわけじゃねえんだけど…俺、厳密に言えばオラクルの人間じゃないし」
「え?」
「誰にも言わないでくれな、イオン」
「……はい」


言われた言葉を深く考えるのは止め、イオンは微笑む。
導師として作られて、大人びて堂々とした立派な導師の振る舞いしか求められなかったイオンは、こんな親しみを込められた掌を今まで与えられたことがなかった。その心地よさを、知らなかった。


「ただな」
「はい」
「お前は導師だ。俺みたいな下っ端にはそう簡単に頭を下げちゃいけない」
「…………」


それを実践する難しさに、イオンは黙り込む。モースとヴァンは、イオンがレプリカであることを知っていて、レプリカを蔑視している。モースはアニスの弱みを握り、アニスにイオンの動向を監視させている。アニスを苦しませたくないイオンは、モースの気に障ることひとつだってできない。動けないのだ。
イオンの懊悩を汲んだように、彼は少し手を休めた。


「…守護役が大事なのはわかる。わかるがな、お前はとりあえず導師で、ダアトの頭だ。お前の失態の責任が、守護役に回されるかもしれない。だからお前は、導師として守護役を守れ。お前は個人にしても、導師としても、今はまだ中途半端だ」
「でも…」
「お前の周りはモースの味方か?違うだろ。だったら、全部抱き込んじまえ。味方じゃなくていい、敵じゃない奴を作れ。少なくとも俺は敵じゃない」


シンクも、多分。
イオンは大人しく頷きながら、内心苦々しい思いで胸を詰まらせた。
味方には、なってくれないのだろうか。


「僕は…」
「厳しいこと言ってごめん。今すぐに変われとは言わない。どうしたら良いのかわからなくなったら、話くらい俺も聞く。迷ったら弱音を吐ける奴に愚痴言ったっていい。お前は人間なんだから」


その言葉に、小さく唇を噛んで目の奥の熱を堪えた。


「不安になったら呼んでくれよ、お前に見せたいものがあるんだ」


懐かしげに、悲しげに吐かれる呼気に、ついと彼へ目を向ける。
無表情なのに物言いたげな雰囲気に、思わず白面に手を伸ばした。その手を逃れて、青年は言う。


「お前は人の痛みをわかってやれる。気遣ってやれる。
優しい、優しいイオン。傷ついたままでいるアリエッタに一目、会ってくれ。どうか一言、あの子に言葉をあげてくれ。そろそろあの子にも、もう俯いてほしくないんだ」


それでは失礼します。
彼は短い髪を腕で弾いて出て行った。それをイオンは、唇を噛み締めて口惜しげに見送った。
彼はアリエッタの味方だ。自分ではなく、アリエッタの。
イオンは目を閉じた。
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