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- Date:2024年11月23日
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ジャンル無差別乱発
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彼の意識から弾かれても、ルークの目は醒めなかった。寧ろ誰かに気づかれることもないまま、ほろほろ、ほろほろと内側から徐々に瓦解していった。中身が薄くなってゆく体を抱えて、ルークというその存在は、いつしか煙のように消えていったのである。
赤毛の青年が各地で目撃された情報を得た彼らは、まるで言うことを聞かない子供を相手取るように苛々していた。
鉱山の街が崩壊して逸数ヵ月。意識を失い倒れたルークの姿が消えて、逸数ヵ月。
ヴァンを挫き、ローレライから完全な鍵をもらったときに、もう一人の同位体はもういないと告げられた。体内を構築する音素の結合が緩いレプリカは、弱ってしまえばすぐにでも乖離するとても儚いものであり、もしかしたら本当にと半ば諦めていた矢先のことだった。
アクゼリュスが落ちてからこっち、彼のオリジナルであるアッシュがいたりいなかったりと不規則に行動を共にしていた彼らは、あれから一緒に蔓延した瘴気をどうにかしようと情報を交換していたのだ。そこに紛れていた、彼の影に、誰が言い出したのか、アッシュの代わりに瘴気を中和してもらおうという話になったのである。
瘴気がだんだんと濃くなってゆく焦りもあり、最後に目撃されたらしい廃工場で、ついにアニスが音を上げた。
「あぁー、本当にルークって生きてるのぉ? 今まで散々探したけど、全然見つからないじゃん。まさかあいつ、あたしたちから逃げてんじゃない?」
「でも、あのルークがアルビオールを使ってる俺たちから簡単に逃げられるとは思えないんだが」
「それに、ローレライはアッシュに、もう一人の同位体はもういないって言ったんでしょう?」
「しかし、特徴が同じ人間を何ヶ所かで目撃されて、それが別人物ということはないはずです。況してや、ルークの外見は印象に残り易い」
「やはりわたくしたちに会いたくないのでしょうか…」
「チッ、何やってやがる、あのレプリカは」
疑惑も苛立ちも戸惑いも猜疑もめいめい思いの丈を言葉にぶつけて、瘴気で覆われてしまった空を見る。
もしも生きているのなら、アクゼリュスの崩壊に関して詰問しなければならない人間がいることを、教えてやらければいけない。まだヴァンに裏切られた事実を受け入れられず、やってしまったことを認めようとしないのなら、ヴァンはもう退けたことを言って、諭してやらねばならない。
そして、この瘴気を消す立役者として、まだ必要なのだと言わなければ。
「とにかく一度、ユリアシティに戻りましょうか」
否やはなかった。
ユリアシティは、相変わらず瘴気が立ち込め、仄暗かった。ただ、瘴気が溢れ、他の街に及んでからは、その暗さが更に増した気がする。
ルークはまだ見つからないと各国に向けて打った電信を鳩に持たせて飛ばした後は、ティアの家で少し休もうと一同足を向けたのだが。
「あら、セレニアの花はユリアシティにも咲くんですのね」
ナタリアが淡く輝く白い花を見て顔を綻ばせた。ティアも、幼い頃から見てきた花に、心を和ませる。
「きっと地殻にローレライがいるからね。ローレライを解放したら、もう育たないと思うけど…」
「そうなんですの……」
寂しげに呟くティアにナタリアは気遣わしげな視線を向ける。
娯楽も何もあったものではない息が詰まるようなこの街で、この花だけは彼女の気をまぎらわせてくれたのだろう。
「おい、あれ………」
いつの間にか落ちた視線をあげ、セレニアの花畑を見ていたガイがそれに気づく。
白い花に埋もれてひとつ、目を焼く鮮やかな色彩が浮かんでいる。探していた鮮烈な緋がそこにあった。
陽気に 「これは盲点でしたねぇ」 とジェイド。
「ルーク!」
「テメェこのレプリカ! 今まで何してやがった!」
裾がぼろぼろにほつれた黒い布切れを被ったような出で立ちで、彼は花畑に座り込んでいた。近寄っても、何の反応もない。心配げに回り込んで顔を覗いたガイが呼びかける。
「ルーク…?」
「それはレプリカルークのことか」
「え?」
膝を抱えて座っていた彼が顔を上げる。
歪にくねったその目は、瘴気のように澱み、暗く濁っていた。その暗さにガイが息を呑む。
「何を言ってるんですの、ルーク」
「そうよ、無事ならどうして連絡をくれなかったの? 心配したんだから」
「どうしてわざわざお前たちに連絡する必要があるんだ。どうせ瘴気を中和する材料が欲しかっただけのくせに」
図星を刺されて、ティアやナタリアは怯む。未だにこちらを見ないその背中は、徹底してティアたちを拒んでいた。
ジェイドはそれを静かに見ている。
「……瘴気中和はまだ不安要素が多く、各国に提案としてしか方法を示していないのですが。あなたは一体、その情報をどこから得たのでしょうねぇ」
「あ…そ、そうだよ! 盗み聞きでもしたわけっ?」
「盗み聞き…か。似たようなものだな」
セレニアの花をぶちりと引き抜く音がする。
「知ってるさ。イオンレプリカがティア・グランツの瘴気を引き取って消えたのも、ヴァン・グランツが地殻に落ちてローレライを取り込んだのも、レプリカが大量に生成されたのも、和平が無事調印されたのも。見聞していたからな」
「一体どこで…」
立ち上がったルークはジェイドに振り向いて笑う。彼の知るルークとは駆け離れた優しい笑顔で。
ティアが抱えていたミュウが、この人は違うですのと小さく言った。それを聞き咎めたアッシュが問う。
「違う…? おいチーグル、それはどういう、」
「僕のご主人様の目は、森の葉っぱみたいに綺麗な緑色ですの。この人はご主人様とそっくりですの。でも、ご主人様と違う目の色ですの」
「……ああ、頭の良い魔物だ」
ミュウはひたすら怯えていた。
笑うルークに似た青年が持つ花が、途端に枯れる。かさかさと揺れる花を突付いた青年は、何の未練もないようにそれを放り投げた。その足元には、同じように枯れた花が幾重にも積まれている。
「あなたは誰なんですの! どうしてルークと同じ顔をして…っ!」
「俺…俺に名前はない。だけど、一応八番目って呼んでくれよ、呼ぶならさ」
「では、そうしましょう。それでは八番目、あなたによく似た顔の、同じ年頃の青年を見掛けませんでしたか」
「見たよ。少し前に、この街で消えたね。お前ら、ローレライの言葉を本当にちゃんと聞いたのか?」
ローレライの鍵を受け取り、何故、聖なる焔の光の名を冠する、レプリカの方ではないのかを問うたとき。ローレライは言っていた。寂しげに、悲しげに。
― 私の同位体は、一人は既にいない ―
あれは虚言や諧謔ではないのだと知り、アッシュは眉を寄せる。
「なら、あの屑と同じ顔をしたテメェは一体何なんだ」
「俺がレプリカルークと同じ顔なのは、多分、俺が乖離したあのレプリカの音素を、媒介にするために食ったからだろうな」
「食っただと…………っ」
「ああ。さすがはローレライの完全同位体。あれは美味かった」
足元に群生しているセレニアの花をまとめて千切り抜き、花びらを食む。そのまま深呼吸をするように胸を膨らませれば、花はあっという間に萎れ、その精彩も欠いて枯れてしまった。
花の残骸を捨てる青年の目は、恍惚に溶けていた。
激昂したガイがその胸ぐらを掴んだ。
「お前…っ!」
「何をそんなに怒ることがあるんだ。お前らはレプリカルークに瘴気を中和させて殺すつもりだったんだろう? 今更惜しくなったわけでもあるまい」
くわえていた花を少し放し、ガイに呼気を吹きかける。その口からは、紫の色濃い靄が出る。それは、この近辺でお馴染の瘴気。
すかさず離れて距離を取ったガイに、青年はげらげら笑う。
「人間風情が俺に触るな。食事の邪魔をするんじゃねぇ」
「あなたは…瘴気そのものというわけですか」
ならば瘴気のあるところであれば、見聞きも可能なのだろう。ティアの中に入り込み、その一部始終を観覧することさえ。
「違うな。俺は瘴気なんて無粋な名前は嫌だ」
手持ちの花を全て枯れさせた青年は、次の花へと手を伸ばす。徐々にその景観が荒廃していく様に、ティアの顔色も心なしか悪い。
「俺は第八音素意識集合体。全ての害を司る」
「アンタが音素なわけないじゃん! でたらめ言わないでよ!」
「だったら聞こう、人間。第七音素はどうなってできたんだ?」
「突然変異と聞いてますが…」
「ふん、……これはローレライから聞きかじったことだが、奴は第一から第六音素が融和して淘汰あるいは汚染された偶然によって生まれたそうだ」
「有り得ませんわ!」
「でなければ、なんで性質の違うものからひとつのものが生まれたんだろうな? 否定を繰り返すばかりで自らの考えを持たない今のお前たちは、ここで死んだレプリカルークと何が違うんだ」
悪辣に言う青年の言葉は、悪意が多分に塗られている。顔色の悪い者が数名、その言葉がもたらす痛みに耐えていた。
「レプリカルークがいないとわかったらさっさと失せろ。せっかく外に出られるようになったんだ、ついでにレムの塔にいるあのレプリカどもも食ってやる」
霧散するように消えた青年は、一息にセレニアの花を枯れさせていった。
毒を撒き散らすだけ撒き散らしていった青年を追い掛けることも忘れ、ティアやガイたちは茫然自失となり、その場に立ちすくんでいた。