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- Date:2024年11月23日
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ジャンル無差別乱発
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名前を与えて安心したいだけなのさ
最初の内は、憎んでた。一族を皆殺しにされた恨み辛みが根座した心の闇はそう簡単には払拭できるものではなかったし、するつもりもなかったから、胸の裡でくすぶり続けるそういう感情を、今更なかったとか言うつもりはない。
アッシュが誘拐され、お前が赤子同然でファブレ家にきたとき、正直言って、あまり同情はしなかった。寧ろざまあみろって公爵を隠れて嗤ったな。良くも悪くもアッシュは王族としての矜持や次期国王になるために必要な立ち振る舞いを要求され、また、その期待に上々な反応を返した立派な子息だったのに、帰ってきたのは言葉も歩き方も忘れた哀れな子供。大事な跡継ぎがこんな醜聞にも似た状態で帰ってきたことに、暗い愉悦を覚えたのも確か。別人だったわけだけど。
それで、年が近かったからか、前々から懐かれていたことを理由に世話役を申し付けられて、お前を抱きかかえさせられた当初は大いに戸惑ったさ。いきなりチャンスが来たって喜んで、でも抱いた体は柔らかくて生暖かくて、何だかぐんにゃりして、落としそうになって慌てて抱え直した俺に、お前、覚えてるか? 笑ったんだよ。へらりって、口元も目も弛ませて、笑ったんだ。うらぶれた寒いコーラル城から着の身着のままの呈で帰ってきたせいで疲れていたんだろうな、人形みたいに無表情で、周りの声にも芳しい反応もしなかったお前が、ただ頭に手を添えられただけで、笑ったんだよ。
あのとき、心臓が嫌な感じに軋んだこと、今でも忘れない。きっと、あのときにはもう、無意識の内に復讐を諦めることを視野に入れていたんだと思う。
生きているんだ。力が入らなくてぐにゃぐにゃしていた体はとても気持ち悪くて、人肌の体温と口の端から垂れていた涎と屈託のない笑顔に、何度吐気を催したか。何人も、目的を妨げる人間は女子供老人だろうと殺すことを厭いはしないと焼かれるホドを前に誓ったのに、下手な人間より余程素直に生きている実感を如実に伝えてくる赤子のただ一人すら、俺は殺せなくなっていたのだ。