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飽かぬ別れ

ジャンル無差別乱発

つぶやきは異口同音に重なった

TOA:逆行ルク

本編(外郭大地編)
イオン視点
シンクが彼に何かされた模様


いろいろおかしいのはスルーの方向で。
ちらりと隣を窺うと、雨に濡れそぼる重たい髪をそのままに、廃工場を一心に見続ける青年は、イオンの視線に気づいてふいと顔を戻した。
空を打ち鳴らす長雨に沸く神託の盾騎士団の兵士がタルタロスの整備を急ぐ中、イオンは呆っと甲板に立っていた。自分をかどわかした輩を気遣うのも何だが、皆イオンに気を払う暇がないように見える今、イオンはひたすら邪魔にならないように隅の方へ体を押し込めていた。それを見かねてか、外套を差し出したのが、あまり良い印象を持たない六神将の一人と言われる人間だから、イオンの心中は更に複雑になった。


「あの…」
「ん?」


六神将はイオンが死んだ導師イオンのレプリカだと知っている(いや、元々導師守護役だった少女は、何の所以か知らないままだ)。それが理由か、六神将のイオンに対する態度は些か乱暴である。そのことを隣の彼は知っているのだろうか。知っていて、雨を遮るものを、自分で使えばいいのに、イオンに貸し与えているのだろうか。
少年の頭髪をイオンは初めて見た。雨垂れが滴っていながら艶のない赤茶けた髪が重く下がっている。頬に貼り付く髪を払いもせずに廃工場を見据える横顔には、何故か不安と少しの希望が見えた。


「あのっ、僕は良いですから、あなたが使ってください」
「導師?」
「僕は良いのです。あなた方が風邪を引いたら大変でしょう?」
「………導師。あなたは体が弱いと聞きました。俺、私も彼らも軍人です。そんな簡単に風邪など引きません。お気になさらず」


口元が少しだけ綻ぶ。それが彼なりの笑顔だと気づき、イオンも笑顔を返す。


「ありがとうございます」
「礼なんか。導師は胸を張っていればいいのです。導師として、恥じぬよう、悔いのないよう。誘拐犯の言葉なんて、信じられないでしょうが」


イオンはただ笑った。彼の言葉に見合うような威風ある導師に遠いことは、自分が一番よくわかっているのだ。
そうなれたらいい。そうなれたら。
けれど現実はとても冷たくて、今のイオンは実質、こんな扱いに文句も言えないお飾りでしかない。守護役が大詠師に本意でない何かを強いられ、苦しんでいようと、彼女の都合が悪いのならばと大人しくしているのが関の山。目の前で慌しげに働く兵士たちも、こんな導師を崇めるのに眉をひそめる者もいるのではないかと穿った考えもなくはない。


「なれるでしょうか。僕も立派に」
「努力はきっとイオンを裏切らないさ」


突然なくなった敬語や込められた親しみに戸惑ったイオンが落としかけた視線を戻すと、青年は駆け出していた。走る先には見慣れた彼ら。イオンをかえせと迫る怒号にぶつかる青年の変わりに、イオンの横に静かに立ったのは烈風のシンクだった。


「あいつに、何か言われた?」
「え?」
「さっきまで仲良さそうに喋ってたじゃないか」
「ああ…、仲良さそう、に見えたんでしょうか」
「ずいぶん他人事だね」
「だって僕は…」


彼の言う言葉は、導師に向けられたものだ。そう言うのが憚られる。
隣にいるのは自分と同じ理由で作られ、ほんの小さな差異(それこそ人間にとって個性に分類されるもの)で一切の存在を否定されてしまった者。イオンに対するわだかまりも恨みもあって当然の彼に、イオンの贅沢な悩みを言うなんて当て擦りもいいとろこだ。
うつむくイオンに何を思ってか、シンクは小さくため息を吐く。


「知ってるよ。あいつはお前のことも、僕のことも。だからあいつの言葉は上っ面じゃない。素直に聞くだけの価値はあるんじゃないの?」


そう言う彼の見る先にいる青年は、何故かシンクと同じ特技で剣を弾いている。


「シンク…どうかしたんですか」
「何さ」
「いえ…なんだか」


イオンに対する空気が、以前より角ばっていない。


「…別に。ただちょっと」


しかつめらしい顔で断るシンクに、少しだけ彼を羨んだ。
きっとあの青年は無意識にシンクの欲しがっている言葉を与えている。先刻弱音を吐いたイオンを肯定も否定もしなかったときのように、自分を失敗作だと必要以上に傷つけるシンクに、冷たくも暖かくも優しくもない、誰に向けられたでもない言葉を降らせて、都合の良い解釈をさせただけ。平等に降り注ぐこの慈雨のように、淡々と、淡々と。
ああ、まだイオンもシンクも子供なのだ。感情がこもっていないのに、勝手に誤解させてくれるだけの言葉がこんなにも心地好い。
彼が帰ってきたら、先程の気安い話し方をねだってみよう。
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